現の夢幻
繰り返される日々は今回もまた10月12日を迎えることは無いようだ。
新都の一点に向けて集まりつつある気配を感じながらは溜息を吐いた。
それは落胆か安堵か。
どちらによるものなのか彼女自身にも分からないのは、この日々が続けば良いと思いながらも漠然とした不安を抱いているからだろう。
起こり得たかもしれない未来を集めた世界。
有り得ないものであるからこそ、現実では望めない幸福が此処にはある。
それはつまり、今此処にあるもの全てが現実には存在しない可能性もあるということだ。
何処までが真実で、何処からが偽りなのか。
この日々が終わる前に、どうしてもそれだけは確かめておかなければいけなかった。
出来ることならば、このまま最後まで安穏とした時間を送っていたいと思う気持ちもある。
けれども彼達が邂逅を果たしたからには、終わりは近いのだろう。
これ以上の先延ばしは出来なかった。
だから、は此処に来た。
あの過去の妄念は零時を迎えるまでに街全体を覆い尽くす。
彼女の居るこの場所も例外では無く、このまま此処に居ればあの波に飲まれることになるだろう。
元よりそのつもりで来たのだ。
理解した上で安全な家を離れたのだから覚悟などは疾うに出来ていた。
怖れるものは無く、止めるものも無い。
そう思っていたのに――
「何をしている」
圧倒的な存在感を放つその声はいとも容易く彼女の心を掴み取る。
異質な気配のただ中にあって揺るがぬその存在が誰であるかなど、振り返って確かめるまでも無いことだった。
しかしが振り向かずに言葉を返したのは、これ以上の揺らぎを自分に与えないためでもあったのだろう。
「こんばんは、ギル様。夜の散歩をしていたんです」
「このような日にか? 今宵起こることを知らぬわけでもあるまい」
「知ってます。だからこそ今夜出掛けてきました。終わりを確かめなくてはいけなかったから」
「あの雑種が嬲り殺される所を見に来たのではないな」
「はい、私は私の終わりを見に来ました。アレに殺されるために来たんです」
不意に掴まれた腕が後ろへと引かれ、半ば強引にはその身体の向きを変えさせられた。
その短い動作を通してでも、ギルガメッシュが酷く苛立っているのが分かる。
勢いで飛び込んだ胸元から顔を上げた先には、やはり不機嫌そうな顔があった。
「よ、貴様は誰のものだ」
「ギルガメッシュ様のものです」
「ならばその命も我の手中にあること、分かっていような?」
「分かってます」
「全て承知の上で我に断りも無く死のうとしたということか」
「そういうことに、なりますね」
「民草の主張に耳を傾けぬほど我は狭量ではない。訳があるなら話せ」
それは彼女の様子がおかしいことに気付いているからこその言葉であったのだろう。
彼女の受け答えは勿論として、そもそもギルガメッシュに声を掛けられたにも関わらず顔を見ようともしないということがいつもの彼女からは考えられない行動だったからである。
「理由ですか……私が居ることを確かめたかったから、でしょうか。死に至るほどの痛みを感じられたならば、それが分かると思ったんです」
「愚か者め。お前が此処に居ないならば、我が今触れているのは何だと言うのだ」
「確かに触れていますよね、私にもそれは分かります。それでも――」
そこで言葉を切ると、はギルガメッシュの背中へと腕を回し、ぎゅっとしがみつく。
彼が此処に居ることを、その存在を確かめるように。
「怖いんです。怖くて怖くて堪らない……」
「何を怖れることがある」
「此処は何処ですか、今起きていることは全て夢なのではないですか? 目覚めた世界に……貴方は居ますか?」
震える声で紡がれたその問い掛けは、がこの繰り返す世界に気付いて以来ずっと抱えていたものなのだろう。
答えを得るために自らの死という選択を選んでしまうくらいに、それは彼女にとって重い命題だった。
「貴方が居ない世界。私はそれが怖いんです」
「……くだらんな。お前はそのようなことに心砕いていたのか」
「そう……ですよね。済みません、このようなことでお手を煩わせてしまって」
「そうではない」
叱責されたことで今になって自分のしたことの重大さに気付いたのか、はそっと彼から離れようとした。
しかしギルガメッシュはそれを許さず、片腕を掴んで引き止めるともう一方の手を肩へと回して彼女の身を抱き寄せる。
再び彼の懐に飛び込むことになった彼女は驚きに瞳を瞬かせつつ、状況を理解しようとするが思うように頭は回らなかった。
顔を上げて問おうにもきつく抱き締められているためにそれも叶わず、表情を伺うことさえ出来ない。
何もかもが分からない。
そんな状態の彼女に、王は静かに告げた。
「お前は我のものだ。だが、我がお前のものでもある。この我が所有するだけでなく所有されることを許したのだぞ? 容易に我から離れられると思うな」
言葉こそ普段通りであったもののギルガメッシュの声色は平素よりも柔らかい。
尊大な姿勢が変わるわけでもなく、優しい言葉を与えてくれるわけではない。
それでも彼女には十分だった。
「案ずるな。我は此処に居る」
は目の前の服をぎゅっと握り締めることで己の意思を伝えると、瞼を閉じて規則的に脈打つ鼓動に耳を傾ける。
同調する音は魔術的な契約だけでなく、其処にある確かな繋がりを示していた。
目覚めた場所は既に見慣れた場所となった和室。
当然ながらその傍らには誰も居ない。
けれども、確かに触れ合っていたあの温もりを彼女は覚えていた。
そしてまた始まりの一日が幕を開ける。