確信による実現を伴うのは亡き人の願い
「それで、結局その方は出て行かれたんですよね?」
「そう。引き止めたんだけどね、拒まれてしまったというわけ」
「良かったじゃないですか。そのまま一緒に居たら、おばさまは確実に殺されていましたよ」
「私だってまだ死にたくはないけど、何もその日に出て行かなくても良いと思わない? それと、私のことは名前で呼ぶようにと言ったはずよ。式」
可愛い姪は素知らぬ顔で手元にある紅茶をこくりと嚥下する。
間違いなく、先ほどの発言は業とだろう。
久々に再会した彼女はまだ小学生だと言うのに、とても大人びている。
一般的には礼儀正しい良い子と見るのかもしれないが、私には窮屈で息苦しそうに見える。
けれども、彼女にそうあることを負わせた一人である私には同情することさえも許されないだろう。
「分かってますよ、さん。でも、どんなに否定しても私と貴女の関係は変わりません」
「今の私はよ。私は両儀の名を捨てた。それも、貴女に全て押し付けてね」
「貴女が何と言おうと、今ここで私と会っている。それが全てです」
「そうね。本当に両儀と縁を切るなら式とも会うべきじゃないってこと、ちゃんと分かってはいるんだけど」
「しかも今回は珍しくさんからのお誘いだったと思いますが?」
「それは、式が秋隆をうちに寄越したから! 御蔭で殺されかけたんだから、良い迷惑よ」
どうせ今だって大切な式お嬢様をどこかから見守っているのだろう。
そう思って聞こえよがしに批判をしておく。
式のために動いてくれる人材が居るのは良いことだが、それで思いも寄らぬ被害に合っては堪らない。
それが命の危険ともなれば尚更だ。
「さんがきちんと連絡をして下さらないからです。連絡を頂ければ私も秋隆をやったりしません」
「今回は、ちょっとばかり後ろ暗いところがあったから……」
「自分でそれを言いますか。もう時効ですから今更口煩くするつもりはありませんけれど」
「物分かりが良くて嬉しいわ。まぁ、秋隆に嫉妬したからこその未遂だったわけだし彼もそれで自覚したらしいから、一応は感謝もしてるかな」
「惚気るために呼び出したんですか? でしたら外でやって下さい」
「そういうつもりはないんだけど」
無自覚ですか。
そう溜息と共に漏らすと、式は目の前のケーキへと取り掛かった。
いちごのショートケーキ。
こういった部分には年相応の幼さがあり、それを見付けては安心する自分が居る。
とても自分勝手な感情だと分かっていても、そう思わずには居られないのだ。
そんな彼女の様子を観察していると、黙々とケーキを切り分ける作業を続けながら式が徐に口を開いた。
「どうでしたか、実際に会った『人殺し』の感想は」
「式、貴女は……」
「気付いてましたよ。さんが彼を拾った動機が私にあることくらい」
「お見通しってことか……はぁ、それなら隠しても仕方ないわね。今日呼び出したのも、その話がしたかったからよ」
「そうだと思いました」
跡取りも、両儀の娘としての役目も、彼女一人に押し付けて私は家を出た。
家のことなんて忘れてしまって二度と関わらないつもりだった。
それでも、全てを背負わさせてしまった姪のことを、見て見ぬ振りは出来なかった。
彼女は自分が生まれ持ったものについて良く理解していたし、与えられた責務というものも受け入れていた。
織というもう一人の自分についても。
けれども、自らの内に抱えた『シキ』という殺人衝動だけはしこりのように彼女の心に巣くっていることを知っていたから。
家には戻りたくない。
でも、彼女のために何かをしたい。
『人殺し』というものへの関心。
それはそんな傲慢な想いから生まれたものだった。
「ねぇ、さん。私達は貴女にそんなこと望んでなんていません。今回の件を経て、貴女がこうして生きている可能性はとても低かったんですよ」
「自衛の心得くらいなら私にもあるわよ。今回もそれで難を逃れたわけだし」
「運が良かっただけです。織だって、心配していましたよ」
「そうなの? 私はてっきり織には嫌われているものだと思っていたのだけど」
「嫌いであることと心配するということは別です。私だってさんのことは嫌いですから」
「人間嫌いな式がこうして私と会ってくれていることだけでとても有難いことだってことは分かってるわよ。嫌いな人間と会ってくれて感謝するわ」
「私は貴女のそういうところが嫌いなんです」
「はいはい。あぁ、織にも安心するように伝えてくれる? もうこんなことはしないから。私なりに『人殺し』がどんなものかは理解出来たと思うの」
「そうですか。聞きたくないと言っても、聞かせて下さるのでしょう?」
「えぇ。式、少なくとも貴女は『人殺し』なんかじゃないわ」
それが、彼と共に生活し、彼を観察した私が出した結論だった。
他の生あるものの命を奪う。
それは人に非らざる行為だ。
一度境界を越えたものは二度と戻っては来れない。
その瞬間に彼の人は『人』という括りから外れるのだから。
逆に言えば、どんなにその心が殺人を嗜好していたとしても、境界を越えない限りは『人』なのだ。
「式と彼は違う。だって貴女はまだ誰もその手に掛けていないもの」
「いずれきっと同じものに成ります。それより、さんのその結論では貴女の想い人は『人』ではないということになりますけれど、宜しいんですか?」
「それで良いのよ。私が好きになったのは『人殺し』ではなく、『人』としての彼だもの」
呼吸をする、食事をする、好きなものを愛でる。そして、生きている。
私が好きになったのはそんな『人』である雨生龍之介だった。
けれども、それは私が『殺人鬼』としての彼を否定していることを意味している。
彼の全てを知った上で、私が下した結論がそれだ。
「結局、私は受け止め切れなかったのよ、彼の罪を。それだけのこと。好きな相手の罪を一緒に背負うことも出来ないような私のこの感情は偽物?」
「それが貴女の考えなら私が口を出すことではありませんから」
「そうね、今のは逃げだったわ。誰が何と言おうとこれが私の決めたことであるのに変わりはないものね。自分の結論を他者に預けるなんて、いつから私はこんなに自分に甘くなってしまったのかしら」
「両儀の家を出た時からではないですか」
「そうかもしれない。そんなどうしようもない私からの意見だけど、これだけは覚えておいてちょうだい、式。いつか必ず貴女の全てを受け入れてくれる人が現れるわ」
「またそんな有りもしないことを……」
「きっとその人を前にしても貴女はそう思うのでしょうね。でも、その人は私と違って貴女の全てを受け入れてくれるわ。シキの全てを背負ってくれる」
「下らない夢物語ですね」
「夢はね、望めば叶うものなのよ」
綺麗な顔をこれでもかと歪めた彼女の姿は今も良く覚えている。
まだ幼かった彼女に語って聞かせた話。
そう語るに足る理由があったわけじゃない。
ただ確信だけがそこにはあった。
「君の夢がいつまでも続くようにこの生涯をかけて願いましょう。それが私から君への弔いよ、織」
彼女の病室に消えていく黒一色の服に身を包んだ青年を見送る。
あれがシキの望んだユメのカタチ。
この眼で確認して満足した私はそのまま病院を後にする。
それはずっと抱えていた未練との決別でもあった。