いつかの予定

 決定的な誤解をしたフラットが廊下であるということも忘れて師に対して感謝の意を惜しみなく表している所に、廊下の反対側から一人女性が表れた。 彼女はエルメロイU世の姿を視界に確認すると足早に、しかし気品を失うことなく歩を進めてきた。

「ロード・エルメロイU世、少しお時間宜しいかしら? お取り込み中でしたらまた改めさせて頂くけれど」
「構わん。こいつの用事は済んだ」
「あ、先生。やっぱりお二人が徒ならぬ仲だって噂は本当だったんですね!」
「ファック! それ以上くだらんことを口にするならその手のものを返して貰うぞ」
「え、いや、済みませんでした、もう言いません! それじゃあ俺はこれで。教授、本当にありがとうございました!!」

そう言ってにも軽く黙礼をした後、フラットは荷物を大事そうに抱えて駆け去っていった。 その姿が廊下の端に消えるまでじっと見送ると、はエルメロイU世に向き直る。

「場所を変えましょうか」
「用件はそういう話ということか」
「上からのお遣いよ。人に頼まず自分で動いて欲しいものね」

 口では文句を言いながらも彼女は上からの要望に逆らうことをしない。 ややこしい事態に巻き込まれたくはないからだ。 彼女がこの時計塔に居る理由は今も昔も変わらず、それは決して権力や地位などのためではない。 だからこそ適当にこなすのが一番だと彼女も分かっていた。

「そういえば、今のはエスカルドスの後継者よね。随分と喜んでいたけれど、彼に何を渡したのかしら?」
「いつもの日本製ゲームの特典商品だ。欲しいというのでくれてやった」
「そう……」

 意味ありげに言葉を切ったその様子に、何かあったのかと聞かないわけにはいかなかった。 彼女の一族が得意とする魔術は占星術であり、その関係で他者の運勢を占じることにも長けている。 あれでも弟子であることには変わりないのでその先行きを心配してやる気持ちくらいはエルメロイU世にもあった。

「あいつの未来に何か問題でも?」
「はっきりと何かが見えたわけではないわ。そうね……栄光と襲い掛かる危機の可能性、分かったのはそのくらいよ」
「何処かで聞いたフレーズだな」
「あら、覚えていてくれたのね。それなら話は早いわ。つまりかつての貴方と同じ顔をしていたということよ、聖杯戦争に参加した折のウェイバー・ベルベットとね」

 が敢えて彼の本名を出したのは、これからしなくてはいけない話の導入として彼にかつてのことを想起させるためでもあった。 最もそれは後付けの理由に過ぎず、常から彼女は周囲に他の人間が居ない時には彼のことを称号ではなく名前で呼ぶ。 それは彼に「ロード・エルメロイ」を与えたあの家に彼を縛り付けたくはないという思いからくるものだ。 丁度良く彼が根城とする部屋に着いたことからは呼び方を切り替えた。

「ウェイバー、上は貴方に聖杯戦争に再び参加することを求めてるわ」
「大方そういった用件だろうとは思ったが、無謀にも程がある考えだな」
「冬木市で行われた前々回の聖杯戦争での生き残りも今や貴方一人。上の人間はその点を評価しているようだけど……なんてくだらないのかしら。貴方に参加する気がなくて安心したわ、行った所で無駄死にするだけだものね」
「……君は遠回しに私を馬鹿にしていないか?」
「これでも言葉は選んでいるつもりよ。それとも、はっきり言って欲しいのかしら? 研究者としては一流だけれど魔術師としては平凡に過ぎない貴方が参加しても勝ち残れないって」
「やっぱり馬鹿にしているだろう! 自覚していることとは言え、誰かに言われれば腹は立つぞ!」
「それは失礼したわ」

 全く悪びれた様子のないに心中で悪態を吐きながらエルメロイU世――ウェイバーは部屋の奥に設置された戸棚へと向かう。 厳重に施錠されたその中からあるケースを取り出す。 それは入れられたものを朽ちることなく保管する為のものであり、現に納められているのは年代物であると分かる一反の赤い布だった。

「それが彼の聖遺物なのね」
「あぁ。他のサーヴァントを従えて世界征服などと、フラットの奴が口にしていたから」
「懐かしくなった」

ウェイバーの言葉を受けてがそう呟いた。 その先に続く言葉を予想していたのだろう。

世界征服

彼の王が聖杯戦争よりも気に掛け、毎日のようにそれを口にしていた。 そんな馬鹿げたことをあの王以外で口にする者がこの現代に居るとは思わなかった。 それ故に、郷愁の念に駆られてこれを取り出してしまったのだろう。

「そうだな。だからこそ、諦める気がないようならばこれを渡すことも考えた。結局そうはならずに済んだが……あいつは行ってしまったのか?」
「恐らくはそうでしょうね。あの荷物の中身が何かは分からないけれど、彼の様子からして聖遺物だと思い込んでいたようだったから」
「そんなものは頼んでないぞ。第一あれは日本のメーカーからの品だ、透視で中身を見たならば間違えるわけがない」
「考えられるのは、間違え得る物が入っていたということね」

それ以上は憶測にしかならない。 肩を竦めてその意を示すと、はふと真剣な顔を浮かべた。

「それを使えばもう一度会えるのでしょう? 行かなくても良いの、貴方にその権利は与えられているわ」
「行く気はないと言っただろう、しつこいぞ」
「そうね、ごめんなさい」
「いや、君が謝ることではない。私がまだ彼に胸を張って会えるようになっていないんだ。自分で自分を誇れるようになったら、その時こそ彼に会うと決めている」

 いつかの未来に向けての揺るがぬ決心を改めて口にしたことで過去への想いを振り払ったのか、ウェイバーは大事そうな手付きでケースを再び戸棚に戻す。 彼が全ての施錠を終えるのを邪魔にならないように見守った後、はその背中にそっと寄り添った。

「いつか彼――征服王と再び見える時には、私にも会わせてくれる?」
「元よりお前の手を借りるつもりだ。優秀な魔術師とは言っても、英霊を一人で呼べるとは思ってない」
「ありがとう、ウェイバー」

 その声は心からの喜びに満ちていて、彼女にとってそれがどれほど嬉しいことだったのかが如実に表れていた。 憎からず想っている相手に背中に寄り添われた状態でそんな声を出されて冷静でいられるわけがない。 だからと言ってそれを表に出すわけにもいかず、ウェイバーはそれを必死に押し隠した。

「ま、まぁいつになるかは分からないが。君もそれまでずっと待ってるわけにもいくまい」
「待つわ。これまでも十分に待ってきたのだから、これから先もいくらでも待てるわよ」
家は優秀な魔術一門だろう。その後継者たる君がいつまでも未婚で許されるのか?」
「だから貴方のことを待ってるのでしょう? 先代達は全て了承しているわ、今の貴方が難しい立場にあることも。だから結婚はせずとも、後継ぎだけ――」
「ファック! 、君も淑女ならば発言には気を付けろ!」

 内心の動揺を誤魔化すために振ったはずの適当な話題は、気付けばウェイバーの首を締める結果になっていた。 が何を言わんとしていること。それが分かってしまったからこそ、そのまま密着した状態で居られるわけもなく、彼は勢い良く彼女に向き直るとその両肩を掴んで引き離した。 そんな彼の様子に、は呆れたように溜息を吐く。

「全く、そういう所だけは変わらないのよね。貴方がそれは出来ないと言うから我がの系譜を危うくすると理解した上で、私は待つと決めたわ。もっとも、彼女に引き合わせた張本人である私が言えたことではないけれど」
「いや、あの時の私にとってはあれが最善だった。感謝こそすれ、君を恨むつもりはない」
「そう言って貰えると少しは浮かばれるわね。こちらの都合を一方的に貴方に押し付けているのは私だもの」
「別に私はそうは感じていない。それに今は縛られているが、いずれ必ずあの家からは離れるつもりだ」
「それはもしかして、私を迎えに来てくれると言うことかしら?」
「ば、違う! 一流の魔術師として大成するということだ!」
「あら、残念。でも私は貴方が来てくれるまでいつまでも待ち続けるわ」
「物好きだな、君も。まぁ……行ってやらんこともないが」
「その日が来るのを楽しみにしてるわ。でもなるべく早くお願いね、高齢での結婚は流石に嫌だもの」
「善処はしてやる」

疲れたようにそう零したウェイバーの隙を突いて、は正面から彼に抱き着いた。 見る見る内に顔を染めて慌てふためくウェイバーを余所に、彼女は幸せそうに笑う。

「ふふ、フラットの言っていた『徒ならぬ仲』というのも、あながち間違いではないわね」
「いいから離れろっ! 妙齢の女性がはしたないとは思わないのか!」
「それを言うなら三十路を過ぎてこの程度のことで狼狽する貴方もどうかと思うわよ」

ウェイバーの主張も虚しく、彼が拷問のようなその状態から抜け出せたのはそれから10分後のことだった。

2011.11.12.