王道×学園物=ラブコメ
衛宮士郎が登校すると、穂群原学園3年C組はとある話題で持ち切りだった。
何でもこのクラスに転校生がやってくるらしい。
転校生が話題の的になるのは何処あっても同じだが、今が3年の2学期であることもあってそれに拍車が掛かっている。
3年の2学期と言えば目指す進路に向けて各々がひたむきに頑張る時期である。
そんな時に転校してくるなんてどういうことなんだ、というわけだった。
「確かになんだってこんな時期に転校してくるんだろうな。一成、何か聞いてるか?」
「ふむ、家庭の事情などではなく本人たっての希望だったと聞いているが」
「本人の?」
「詳しいことは俺も分からん。気になるなら自分で聞けば良かろう」
「なんだよ衛宮、お前も転校生なんか気にしてるんだ」
そう言って会話に入り込んできたのは慎二だった。
聖杯戦争が終わって以来、慎二は時々こうして昔のように話し掛けてくる。
あの出来事を通し慎二の心境にも何か良い変化があったということだろう。
中学生の頃と全く同じとはいかないけれど、今はこれで良いと思っている。
ずれてしまった関係が少しずつでも修復出来るならばそれに越したことはないからだ。
「おはよう慎二。そう言うお前は気にならないのか?」
「はぁ? なんで僕が気にしなくちゃいけないわけ。転校生なんて言っても、どうせそこら辺の奴らと変わらないんだろ。来るのが僕みたいに優秀な人間なら話は別だけどさ」
「そっか。転校生ってだけで話題になるけど、その人も前の学校では普通の生徒だったかもしれないな」
「そうそう。まぁお前達はせいぜい凡人同士で馴れ合ってたら良いんじゃないの」
慎二がそう言い残して席に戻って行った直後、予鈴が鳴る。
俺達も自分の席へと戻ることにすると、他のクラスに行っていたクラスメイト達もばらばらと戻ってきた。
そこでの話題もやはり転校生のことばかりで、進路の問題が深刻化していき鬱々とする気分を紛らわせるためにも格好の話題なのだと思った。
そうやって気を紛らわせる必要が無いのは、きっと一成や慎二のような成績に不安の無い一部の例外だけだ。
二人共それだけ高いレベルを目指しているはずなのに気負った様子は見られない。
性格などのベクトルはかなり違うが、二人のそういった部分は似ていると思う。
しかし去り際に「今年になって少し邪気が薄れたかと思ったが、あいつは変わらんな」と零したところを見ると、一成は未だに慎二を好ましくは思っていないらしい。
他者は自分よりも劣る存在として常に上から目線で物事を語る自己中心的なところと、女性関係の乱れが一成には許せないのだろう。
慎二も一成の堅苦しいところが苦手らしく、友人には互いに仲良くして欲しい自分としては複雑なところだ。
一成の堅苦しさは彼女でも出来れば解決されるんじゃないかと思う、それには一部を除いて異性を毛嫌いしているという問題があるがそれくらいならなんとかなる。
慎二の方は、あの尊大さは長所でもあるので直すなら女性関係の方だと思う。
とは言っても、男女関係なんて他人が口を挟むことじゃない。
こればっかりは慎二自身が考え方を変えるのを待つか、それだけの相手が現れることを願うしかない。
――なんて、都合良く起こるわけないんだけどな。
そんなことを考えていたのが10分前のことである。
教室では目を疑う光景が繰り広げられていた。
藤ねえによって紹介された転校生、は自己紹介もせずに一目散に慎二の元へと駆け寄ると、その頬にキスをしたのだった。
「シンジ! 会いたかった!」
「待てよ、僕はお前なんて知らないぞ!」
「そんな……10年前のこと忘れちゃったの?」
「10年前? ……お前、まさかあのか? なんでお前が日本に居るんだよ!」
「向こうの学校終わらせてこっちに来たの。シンジに会いたかったから!」
首に腕を回して慎二に抱き着き、彼女はその喜びを全身で表している。
慎二は何とか引き剥がそうとするも、乱暴には出来ないのか結局されるがままになっていた。
嫌なことは相手が女子であってもはっきりと拒否する慎二にしては珍しい光景だ。
は自分から離れるつもりは無いらしく、このままだと教室に居る二人を除いた全員が放置になりそうだった。
既に教室の大半がこの状況について行けずに置き去りになっている。
「えーと、さん? ちょっといきなり過ぎて先生もついていけないんだけど、説明して貰えるかな?」
「あ、ごめんなさい。シンジに会えたのが嬉しくて、つい」
藤ねえの発言によって我に返ったのか、慎二の首から離れてはぺこりとお辞儀をする。
しかし手招きをして一旦前に戻ってくるように指示する藤ねえに対して、慎二と顔を見比べているだけでその場から動こうとはしない。
それに気付いた慎二は顔を顰めた後、彼女の背中を軽く押した。
「早く行けよ、この程度で周りに迷惑掛けてるのが僕の知り合いだなんて恥ずかしいだろ。それに、話なら後でだって出来る」
「うん!」
言ってることはいつもと同じ高慢さに満ちたものだが、その口調には毒がない。
拒絶しきれなかった先程の光景もうそうだが、彼女に向ける態度は慎二が今までどの女の子に向けてきたものとも違っている。
10分位前にはそんな都合の良いことは起こらないと思っていたが、彼女の背中を見送る慎二の顔を見ていると、有り得ないことでもないような気がしてきた。
教壇の横へと戻った彼女は藤ねえから注意を受けた後、仕切りなおしとでも言うように音を立てて踵を揃える。
そして完璧とも言える笑顔を浮かべて挨拶をした。
「改めて――初めまして皆さん、です。イギリスから来ました。短い間ですが宜しくお願いします」
壇上で挨拶をする彼女は何というか文句の付けようが無かった。
その立ち居振る舞いは、あのミス・パーフェクトを想起させるものがある。
イギリスから来たって言ったけど、イギリス人?
―――日本人の父とイギリス人の母を持つハーフです。
名前が漢字なのはなんで?
―――今はまだ日本とイギリスの両方の国籍を持っているから名前も二つあって、というのはその日本名の方なんです。
3年2学期って転校の時期にしては中途半端じゃない?
―――本当は4月から来たかったんですけど、向こうの学校の卒業が7月だったので。
など投げ掛けられる質問に次々と答えていった。
何よりも全員が気になっていたのがこれだ。
「慎二とはどういう関係なの?」
自己紹介もすっ飛ばしてあれだけのことをしたのだ、そのインパクトはクラス全体に強烈に残っている。
恐らく、それなりの事情があるのだろうと察することは出来るが、本人から事情が聞けるならば聞きたいと思うのが当然だろう。
教師である藤ねえですら興味津々といった顔をしている。
回答を渋る様子もなく、むしろ嬉しそうに彼女はその質問に答えた。
「10年前にシンジが留学してきた時に出会いました。その時に、将来を誓い合ったんです」
ガッターンと物凄い音がした。
発生源は慎二。その背後に椅子が倒れていることから、椅子を倒す勢いで立ち上がったらしいと分かる。
最初の騒動は無かったかのように此処まで完全に無反応だった慎二が動いた。
この思わぬ展開に教室はまたもや二人に釘付けとなる。
「ちょっと待て! お前本気だったのか!?」
「勿論。ママもパパも『シンジなら』って賛成してくれてるし、だからこっちに来たんだよ」
「あんなの子どもの時の適当な口約束だろ? 転校までしてきて、今更そんなこと言われても迷惑なんだよ!」
「シンジは……私が相手じゃ不満なの?」
「べ、別に不満なわけじゃないさ! とにかく、勝手にそういうことを言い触らすなって言ってるんだ!」
とそこで、後藤から「間桐は他にガールフレンドが沢山居るからなー」と言う声が上がった。
ぴたりと二人の会話が止まる。
怒るかと思われたは眼に涙を浮かべていた。
その反応からしても、どうやら彼女は本気で慎二のことが好きらしい。
「そっか、他に付き合ってる子が居るなら、昔の約束なんか言われても困るよね……」
「分かってくれた? 僕だってお前との約束は守ってやりたかったけど、女の子の方が放っておいてくれないんだよ」
「…………うん。つまり、その子達より私の方が良いってシンジに認めて貰えれば良いんだよね?」
「そうそう……って、今なんて言った?」
「私が一番だって思って貰えるように頑張るからね、シンジ!」
そのまま泣き出すかと思われた彼女は誰も予想しなかった方向に飛躍した。
彼女の中には『慎二を諦める』という選択肢は存在しないようだ。
それだけ慎二のことをずっと想ってきたのだろう。
対する慎二も、これまでの様子からして照れているだけで満更でもないのだと思う。
小さい頃に留学先で出会って将来を誓い合った女の子が転校して約束を果たしにきた。なんて普通なら笑ってしまいそうな話だけど、
間桐慎二ならそんな話も有りなのかもしれない