偽物

 昼の学校を探索する際にはいつも一人だった。校内での戦闘は禁止されているが誰が何をしてくるか分からない。オレ一人でも実体化してしまえば会話はできる。だからアーチャーの単独スキルを利用して、その間マスターは安全なマイルームに居て貰う。 これがいつものやり方だった。いつもと違っていたのはセラフの方だった。
 図書室の中にある司書室。これまでの探索で一度も開かれていたことのない部屋が今日に限って開いていた。刻一刻と変化するこの空間では機会を逃せば二度と手に入らない情報もある。マスターからの命令は、余さず校内を探索せよ、だ。ならばここにも当然足を踏み入れるべきだろう。有り得ないとは思うが敵からのトラップである可能性も考慮し警戒をながら、オレは扉を開けた。そこにはエプロンを着けた一人の女が居た。

「いらっしゃい。珍しいお客さんね」
「アンタ、NCPか?」
「少し違うけど、その見解で大体はあってるかな。それで、貴方はここに何をしに来たの? 一応限られた人間しか入ってこれないってことになってるんだけど」
「良く言うよ、自分で呼んだんだろ」

直感的に理解した。オレはこの女によってここに呼ばれたんだと。ロックを解除したのも、オレをこの部屋に誘い入れるためにしたことだったというわけだ。

「で、アンタこそオレに何の用?」
「貴方に興味があったから、かな。少し話をしましょう、お茶くらいなら出すから」
「得体の知れない奴と暢気にお茶なんか出来るわけないだろ」
「疑り深いなぁ。私自身にも説明は難しいんだけど、さっきも言ったように基本はNPCと同じよ。外殻もセラフが用意したもの、ただ中身がちょっと違うだけ」
「ふーん、教会の奴らみたいなもんか。ま、オレがアンタを信用しないのは別の理由なんだけど」
「え?」

 オレはこの女を見るのは初めてじゃなかった。コイツも常にこの部屋にこもっているわけじゃないらしく、時折校内を徘徊している。それは必ずあのナルシスト、またはそのマスターと一緒だった。システムに介入出来るくせにNPCでもない奴が特定のマスターに肩入れしているとなったら、警戒するのも当然だ。

「アンタさ、あの赤い奴の何なわけ?」
「赤い奴……あぁ、アーチャーのこと」
「クラス名で呼ばれるとややこしいんだけど、オレもアーチャーだし」
「そうは言っても他に呼び方なんてないじゃない。貴方だって、真名で呼ばれるのは嫌でしょ」
「オレの真名、知ってるのかよ」
「       」

 音にならない口だけの動きは確かにオレの真名を呼んでいた。最悪だ。この調子なら他のデータだって把握している可能性が十分にある。いっそこのまま消してしまいたいが、NPCに手を出すのもセラフへの反逆扱いになるんだったか。そんなオレの考えを読んだかのように、何処からともなく取り出されたデータがオレの前に提示される。

「NPCへの手出しは禁止。セラフとの契約から外れるわよ」
「ちっ……」
「一応言っておくけど、私がデータを把握してるのはここが校内の中枢だからに過ぎないわ。アリーナ作ってる子が外に居るでしょ? それも此処でやってるの」
「要するに、あらゆるデータを好きに見れるってことだろ」
「そうね、でも規定外のことは出来ない。例えば、これはもう一人のアーチャーのデータの結晶。これを貴方に渡そうとすると――」

部屋にノイズが満ちる。そして女の手の中でデータの結晶がバチバチと音を立てて消えていく。全てが消えた後、残ったのは女の手の焼け焦げた痕だけだった。

「というわけ。だからそんなに警戒しなくても私は……」
「馬鹿か! オレなんかを信用されるためにそこまでするなよ! ったく、手に痕残ったらどうすんだ」

 何でもない。みたいな顔をして話し掛けてくるから、思わず怒鳴っていた。痛々しい痕が残る女の手を取って、怪我の具合を確かめる。幸いなことにそこまで酷くはなかったから常備している薬を取り出して傷口に塗り込み、包帯を巻き付ける。一通りの治療を終えて顔を上げ、ぽかんとした顔でオレを見詰める女と眼が合ったところで、我に返った。ぱっと手を離して、反射的に距離を取る。

「や、悪い……。アンタがあまりに馬鹿みたいなことするから」
「ううん、ありがとう」
「考えてみたら、アンタがNPCなら治療なんかしなくても怪我なんて治るよな」
「NPCの管理はセラフが行ってるから、セラフの警告による怪我は簡単には治らない」
「なら気安くあんなことするな。アンタにだって痛覚はあるんだろ」
「でも、これで警戒は解いてくれたでしょ?」

どうやら本当にそのためだけにあそこまでしたらしい。だとしたらコイツは馬鹿以外の何者でもない。警戒するだけ無駄というものだ。

「分かった、オレの降参。そこまでされたら信じるしかないだろ。何話したいのかは知らないけど、付き合ってやるよ」
「良かった。あ、座って。今お茶入れるから」
「その前にもう一つだけ、さっきの質問に答えてくれ。アンタと赤いのの関係は?」
「拘るね。それってそんなに大事なこと?」
「後でアイツから変な恨み持たれるのも面倒だし」

あのナルシストから余計な恨みを買いたくない、というのも嘘ではないが、それ以外の感情もそこにはあった。 オレは少しだけこの女に興味を持ち始めていたのだと思う。

「大切な相手としか意識してなかったから関係って言われても……強いて言うなら、家族?」
「家族って、アンタあいつの伴侶かなんか?」

思いっ切り笑われた。それはもう、そんなに笑ったら呼吸困難になるだろってくらいに。俺の機嫌が降下しつつあるのをコイツは察したのか、まだまだ続きそうな笑いを何とか抑え込むと笑い過ぎて出てきたらしい涙を拭った。

「あー笑った、家族でまさかそれが一番に出てくるとは思わなかったから」
「オレが見た時のアンタらはそんな感じだったんだよ。恋人じゃなくて家族なら伴侶だろ」
「そっかそう見えたんだ。私が言った家族はね、姉弟のこと」
「だとしたら、随分と仲の良い姉弟だな」
「強いて言うならって言ったでしょ。そうだったこともあったのかもしれないけど、今の私は『大切な存在』としか彼を認識出来てない」
「それ、どういう意味?」
「彼は彼であって『彼』ではないし、私も私であって『私』ではないということ。どちらも偽物(イミテーション)だから」

全てを諦めた顔。それを見て、何となくだけどコイツは英霊と同じくらいどうしようもない過去を持っている気がした。自分で自分を偽物なんて言う奴は皆同じだ。その顔を見てしまったら放っておけなくて、伸ばした手はもう少しでその肩に――

「悪い。マスターからの呼び出しだ」
「それは残念。私が貴方と遊んでいたのがバレちゃったのかしら」
「違うだろ。ま、続きはまた今度ってことで」
「今度って、また来てくれるってこと?」
「アンタが扉開けといてくれたらね」
「それならこれからはずっと開けておこうかな」
「……毎日は来ないからな」
「私が好きでそうするだけ。あぁそうだ、私の名前はよ。次に来る時は『アンタ』なんて呼ばないで、ちゃんと名前で呼んでね」
「はいはい」

追い掛けてくる声に適当に返事をしながら、オレはその部屋を後にした。



 同じ階の反対側にあるマイルームを目指しながら自問自答する。旦那からの呼び掛けがなかったら、自分は何をするつもりだったのか。伸ばした手をどうするつもりだったのか。地上での聖杯戦争と違って此処ではサーヴァントに願いを叶える権利は与えられない。 ムーンセルオートマトンにとって、英霊は既に過去の観測され尽くしているからだ。 だからオレはマスターをこの戦いに勝利させるために召喚されただけの存在に過ぎない。 他の事を考えている隙間など本来あるはずがないのに。

「ったく、馬鹿なのはオレの方だな」

顔を合わせていたのは僅かな時間だというのに、その印象は鮮烈に残っている。恐らく自分は明日もあの場所に足を向けてしまうのだろう。それは予感ではなく確信だった。

2011.12.10.