今は幸せで飯が美味けりゃそれでいいじゃん
衛宮邸はいつもと少しだけ違う夕食を迎えていた。
今日の夕食担当が凛だったことから食卓には彼女の得意な中華が並んでいる。
そして中華と言えば大皿にそれぞれの料理を盛り付け、各自でそれを取り分けて食べるものだ。
そういうわけで今夜の食事は一段と激しかった。
適量というものを考えない大河とセイバーがひたすらに食べるので気を抜いているとあっという間に料理が無くなってしまうことから、二人以外の者もいつもよりハイペースで食べることになったからである。
その結果、いつもよりも少しだけ早く夕食は終わった。
だからと言って彼女の仕事が変わるわけはなく、いつも通り皆に食後のお茶の準備をすると、台所へと戻って腕まくりをする。
この家で暮らす人間が増えて当然のことながら家事の分担も変化した。
かつて彼女の仕事であった洗濯や掃除などは気付いたら他の誰かがしている。
家長でありながら何もしないのは流石にどうなのかと思い、今では食後の洗い物を担当にしているというわけだ。
どう足掻いても料理は出来ないので、せめてそれくらいは、と考えた結果だった。
いつもよりも少しだけ多い洗い物を終えて、自分も一息吐く為にお茶を淹れる。
最近では紅茶も完備されるようにはなったが、やはり夕食の後には緑茶が美味しい。
洗い物の量が多いからと皆には先に部屋戻るように言ったので、居間には既に誰も居ない。
お盆に乗せて運んできた湯呑み二つを、机の上に置く。
「アーチャー、居るんでしょ?」
虚空に向かって発せられた声は問い掛けではなくて確信だった。
その呼び掛けに応えるようにアーチャーが姿を現す。
「良く気付いたな。君には霊体化したサーヴァントを察知する能力でもあるのかね?」
「そんなの無いわよ。アーチャーは、少しだけパスが繋がってるから分かるだけ。それで、何か話があるんじゃないの?」
「人払いはその為か」
手回しが良いことに対して感心するのではなく、むしろ呆れを含んだ声音でアーチャーが零す。
それはここまでしたならば、何かを聞き出すまで彼女は解放してくれないということが容易に想像出来たからだろう。
「まぁ、何となく予想は付いているのだけれど。セイバーのこと、よね」
「そこまで分かっているなら、私が話したいこととやらも既に分かっているのだろう」
「ついでに私が何を言ったところで、それはきっと気休めにしかならないこともね」
「いや、そんなことは……」
「無い、とは言い切れないでしょ。別に良いのよ、貴方にとってセイバーが特別なのは分かってるから」
かつて衛宮士郎だった頃の記憶。
彼女と出会ったあの瞬間、気高さと輝きを纏ったその鮮烈さを、忘れていないことを知っているから。
祖国のために王として生きた彼女と、人々のために正義の味方になろうとする彼は似ていた。
似過ぎていたとも言える。
それ故に、彼は死後もなお祖国の救済を願う彼女を否定することは出来なかった。
彼に彼女は、救えなかった。
「でもね……私にとっても、セイバーは特別なの。長い時の中で、彼女に救いが訪れるのを願っていた」
「それなら……」
「あったわ、セイバーが救われる世界も。でも、それは全部あったかもしれない仮定の話だから話すつもりはないの」
「だが、君は実際にその眼で見たのだろう?」
「それでも、『今ここ』で起きたことではないでしょ。他の可能性なんて、本来知り得ることが出来るものではない。あってはいけないことだから」
「だと言うのならばどうしてこの話を私に?」
「知っておいて欲しかったから、かな」
貴方は彼女を救うことはできなかったけれど、彼女を救うことができるのもまた衛宮士郎だけだということを。
だから、彼女を救えなかったことを貴方が背負う必要は無いのだと。
「それでもまだセイバーへの負い目が捨てきれないなら、御飯でも作ってあげたら?」
「何故そうなるんだ」
「だってセイバーが今一番貰って嬉しいものは美味しい御飯でしょう?」
セイバーは彼が何者であるかを知らない。
だからこそ、理由も分からず距離を取った接し方をされるくらいならば、美味しい食事を提供して貰う方が彼女にとっても嬉しいだろう。
それに、今の彼が彼女に対して出来るのはそれくらいしかないのだから。
「私は構わないが、後で苦労するのはアイツだぞ」
「良いのよ、士郎にもそろそろ次の試練が必要だしね。それに私も久々にアーチャーの作った御飯食べたいなぁって」
「まさか、最初からそれが目的だったわけではないだろうな?」
「さぁ、どうでしょうね。何にせよ、今は幸せで御飯が美味ければそれでいいじゃない」
それは一体誰のことを指した言葉だったのか。