私の全てはあの人で、あの人の全ては私じゃない
新都まで頼まれた買い物に出掛けた帰りに、ふらりと立ち寄った大橋で見知った姿を見掛けた。
彼女が見知っているのは英霊としての姿であって正確に言えばアロハシャツを着た今の姿は初めて見るが、同じ人物であることに変わりはない。
彼も気付いたのか、軽く手を上げると彼女の方へと歩いて来た。
「お久しぶりです、ランサーさん」
「よぉ、久しぶりだな。会うのは嬢ちゃんがあそこを出て行って以来か? 前は毎日顔合わせてたってのに、不思議なもんだな」
「そうですね。私としては教会を出て行きたくは無かったんですけど。あの方はどうしています?」
「どうもこうも、俺達のこと好き放題にこき使ってやがる。これなら言峰の方がまだマシだったってくらいだ」
「お力になれなくて済みません」
「気にすんなって、事情は聞いてるからよ。それにあんなんでも一応マスターだからな」
サーヴァントとして現世に存在している以上、どんな相手であれそれがマスターならば従うのも止む無しということなのだろう。
日中をアルバイトに費やすことで教会から距離を置くようにしているのは、せめてもの抵抗なのかもしれない。
「そういえばランサーさん、今回はアルバイトはされてないんですか?」
「ん? あぁ、今日は午前中だけだったんでな。暇を持て余してたとこなんだが……」
「どうかされました?」
「いや、あの王様は一緒じゃねぇんだなと」
「ギル様でしたら、この時間はお友達の方々と公園でサッカーをされてますよ」
「アンタが教会に居た頃は四六時中一緒だったからな、今も当然そうだと思ってたんだが違うのか」
「はい。環境の変化とそれに伴う心境の変化があったので」
「ま、あそこはお世辞にも良い環境とは言えない閉じた場所だったからな。嬢ちゃんがアイツ以外にも眼を向けられるようになったんなら、俺は喜ばしいことだと思うぜ」
「違いますよ、ランサーさん。ギル様が私にとって特別な方であることに変わりはないんです。そういう意味ではなくて、えと、捉え方が変わったと言えば良いんでしょうか」
以前の彼女はランサーの言う通り、常にギルガメッシュと共にあった。
それは彼女が外へ出掛けることがほとんどなく、また出掛けたとしてもその場合にはやはりギルガメッシュが一緒だったからである。
だから彼女は彼が一人の時には外で何をしているか知らなかったし、知る機会もなかった。
けれども、衛宮邸で生活をするようになってその機会が生まれた。
「私の全てはあの人で、あの人の全ては私じゃない。そんなことは最初から知っていましたが、それがどういうことなのかを私は理解したんです」
「嬢ちゃんはそれで良いのか?」
「それだけのものを頂きましたから。むしろ、私なんかには勿体ないくらいのものを」
だから、一緒に居られなくても大丈夫なんです。
「笑って言えるなら、嘘じゃなさそうだ。俺が口出すまでもなかったな」
「いえ、心配して下さったんですよね? 有難うございます」
「ただのお節介だ、気にすんなよ。代わりと言っちゃなんだが、この後、俺に付き合ってくれ…………と頼もうと思ってたんだけどよ、こりゃ無理だな」
「私なら大丈夫ですけど?」
「嬢ちゃんは良くても、アイツが止めんだろ」
そう言ってランサーが指で示した先には、金の髪と赤い瞳を持った少年が立っている。
その表情にいつもの天真爛漫さはなく、どことなく不機嫌そうでもある。
「分かってるなら彼女に手を出さないで下さい。全く、油断も隙も無いですね」
「言っておくが、声掛けたのは俺じゃねぇぞ」
「知ってますよ。でも、それとこれとは別です。ナンパなら他を当たって貰えますか、結果は全部同じでしょうけど」
「あれは小僧の邪魔が入るからであって、俺が振られてるわけじゃねぇよ!」
「大人の言い訳って見苦しいですね。こんなの相手にしなくて良いから、行くよ」
「え、あの、ギル様いつから聞いて……」
「んーそれは内緒かな。ほら、皆待ってるんだから、ね」
「ランサーさん、ごめんなさい。失礼します!」
腕を引かれながらも挨拶をすると、彼女はギルガメッシュに連れられてそのまま立ち去って行った。
残されたのは一人。
追いつけない距離ではないが、ランサーもそこまでして彼女とお茶がしたいわけでもない。
そもそも、邪魔をしたら馬に蹴られる所では済まないだろう。
「でかい方が来なかっただけ運が良かった、と思っておくか」
「あら、何処の駄犬かと思えばそこで暇そうに突っ立ってるのはうちのサーヴァント」
「げ、なんでテメェが此処に……!」
「これもまた主のお導きなのでしょう。独りぼっちで哀れな貴方に仕事を与えてあげます、有り難く私のために働きなさい」
即座に逃げようとするも、「ゴスロリッシュ」の掛け声と共にマグダラの聖骸布に捕えられ、あえなく逃走は失敗に終わる。
そして、問答無用でそのままずるずると、ランサーは引きずられて行くのだった。
ランサーの幸運値E、本日も平常運転也。