温もり
結ばれることは無いと分かっていた。
未来は決して変わらない。
だが、堅く誓ってくれた彼を信じたいと思った。
――そして全ては無に帰した。
定められた運命は変えられず、待っていたのは裏切りだった。
だから決めた。
もう愛なんてものに惑わされたりはしないと、かつてのように
「そう思っていたんだが、いや、人の心というものは分からないな」
「それは俺とて同じだ。今度こそ主への忠義を貫き、他のことには目をくれないと誓っていたんだがな」
「忠義には背いていないだろう」
「そういう問題ではない」
互いに支え合っている背中に僅かに体重を加えて、分かっているということを伝える。
彼に誓いを破らせたのは私だ。
だからこそ、これからはそれに見合うだけの手助けをするつもりだった。
聖誓を貫いたが故に主君の婚約者を奪ったという謗りを受けた彼に、今度こそ騎士としての誉れを与える。
そのために出来ることは限られているだろう。
しかしその中でも出来ることはあると信じている。
「それでもお前は間違うことなき騎士だよ。私が保証する」
「数々のエインヘリヤルと並び立てるとは光栄だ」
「あれはオージンが選んだ者達だ。お前は私が選んだのだ、一緒にするな」
「それは失礼した」
フッと彼が笑ったのが震動として伝わる。
こちらの真剣さに反して彼の謝罪は形だけのものらしい。
それが僅かばかり気に掛かって、少し彼を試してみようという気になった。
「まったく顔はアレにそっくりだと言うのに、中身は面白い程に違う」
「……その発言は、聞き捨てならないな」
不意に背中の支えが無くなり身体は重力に従って後ろへと倒れていく。
流石にぶつかる前には何とかしようと思っていたが、完全に倒れる前に何かに頭を捉えられた。
反射的に閉じていた目を開くと、逆さから覗き込むディルムッドが視界を埋め尽くす。
「確かに彼は現代まで広く知られている英雄だ、その武勇は俺も認めよう。だが、」
「『だが、』なんだ?」
「他の男と比べられるのは心外だ。それとも、俺は彼の代わりに過ぎないか?」
自分で仕掛けたこととは言え、彼の反応は予想外に差し迫るものがあった。
微かに嫉妬らしきものを見せるかどうか、といった程度だと思っていただけに反応が遅れる。
その間にもディルムッドは顔を歪めて苦しそうな表情を浮かべていた。
あぁ、そんな顔をさせるくらいならあんなことを言うのではなかった。
後悔の念と共に伸ばした手は直ぐに彼の温かい手に包まれる。
「済まない、お前を試した」
「だろうな。一つ言っておくと、不安に思うのはお前だけではない。俺も常に同じものを抱えている」
「良く分かったよ、だからはっきりと言っておく。私にとってディルムッドと彼は別だ、同じだなんて思っていない」
「ならばこちらからも言っておこう。俺は、お前を裏切ったりはしない」
握られている手にぎゅっと力が込められた。
何処までも真っ直ぐなこの騎士はきっと約束を違えたりはしないだろう。
彼が握るのとは逆の手に嵌められた指輪がひんやりとしたその存在を主張する。
全てが終わった時にはこの冷たさとも別れることができるだろうか。
少なくとも今この時は、じわりと広まる彼の温かさが指輪の冷たさを忘れさせてくれた。