「命令」だと言ったら?
彼女の世界に他者は不要だった。
その境遇から多くの者が手を差し延べたが、彼女はどれ一つとして取ろうとはしなかった。
白く塗り潰された世界では信じるに値するのは己だけだったから。
だから、サーヴァントなどというものも外の存在だった。
聖杯戦争に参加する為にはそれを
「貴女が何処の英霊かなど私には関係ありません。幸いなことにクラスはアーチャーのようですから、好きにして下さい。私の領域に入らない限りは行動の制限はしませんから」
「……たかが魔術師風情が良く吠えたものだな」
「何か不満でも? 好きにして構わないと言っているのですから、貴方にとっても悪い話ではないでしょう」
「ハッ、この程度の世界が我の慰めになると本気で思っているのか? くだらぬ。気まぐれで呼び掛けに応えてみればこの有様か」
カシャンと金属音が響き渡り、同時にソレが近付いてくる。ぐいと顎を持ち上げられながらも、彼女は抵抗しようとはしなかった。じっと正面から値踏みする視線をただ甘受する。
「貴様、見えていないな?」
「その質問に対する答えは肯定です。ですが、何か問題がありますか? 共に過ごすわけでもないのですから、貴方には関わり無いことです」
「それは我が決めること、貴様が決めることではない」
「では、『命令』だと言ったら? 私は貴方の手を借りるつもりはありません。この聖杯戦争は一人で戦います」
彼女の左手に宿った令呪が光を発する。元よりサーヴァントを使うつもりのない彼女にとって令呪とは、最後の一画さえ残せば構わないものだった。だからこそ聖杯戦争とは関わりのない、彼女の中の一線を守るためだけに惜しむことなく力を行使する。
サーヴァントに対する3つの絶対命令権。
その一画の消失と共に如何なる内容であれサーヴァントには拒むことは出来ない力が彼を制御する――はずだった。
「……どうしてまだ居るんですか」
「ほう? 霊体であっても捉えるか。少しは見所があるようだな」
「見えないのならば視ることに力を入れるのは当然のことです。それよりも、答えて下さい。確かに令呪は発動しました、何故貴方はまだ私の前に居るんです?」
「その程度の魔力でこの我が動かせると本気で思っていたのか? だとすれば片腹痛い」
「それでは貴方には令呪が効いていないと……?」
「貴様如きではせいぜい我を霊体化させることしか出来なかったと言うわけだ。身体に変化もあったがそれも取るに足りん。それに、我の手は借りぬとあれだけ大口を叩いたのだ。我の力がどうなろうと貴様には関係ないだろう?」
再び伸ばされる手。しかし、それは彼女に届く前に不可視の壁によって弾かれた。
パシリとした響いた後、部屋に微かに血の臭いが漂う。
微かに眉を顰めながら、白く濁った瞳を彼女は目の前に向ける。
その眼は正確に対峙しているものを捉えていた。
「一度目は貴方を知るために通しましたが、二度目はありません。私の領域へは何人たりとも侵入は許さない。それと、おっしゃる通り貴方のステータスが最低ランクまで落ちようとも私には及びのないことです」
「手が震えているぞ? 安心するがいい。愛玩動物に噛み付かれようとも我は怒らぬ」
「……確かに私と貴方にはそれくらいの力量差があることは認めましょう。ですが、それでもマスターは私です」
見えずとも、どんな表情を浮かべているか想像することは容易かった。
それは生まれながらの弱者だった彼女がこれまでにも幾度となく向けられてきたものだ。
圧倒的に優位な者にのみ許された、強者の驕り。
「気が変わった。貴様が泣いて縋ってくるまで、その痴態を眺めるのも悪くはない。それまでは我は貴様の言う通り『好きに』する」
「どうぞご自由に。そんな時は待てど暮らせど来ないでしょうが」
何度言葉を交わした所で結論は変わらない。
その見解はどうやらあちらも同じらしく、彼女が口を閉ざしてしまうと向こうも言葉を重ねようとはしなかった。
しかし、今もこの室内に留まっているのは視えている。
誰かに常に見られているというのは気持ちの良いものではないが、これも聖杯戦争に参加するためならば仕方がないのだと。
頭では理解していても心はそれを拒絶していた。
視線だけではない。
あれは同じ空間に存在するだけで彼女の精神を脅かす。
その気になれば自分など抵抗する間もなく殺されるだろう。
最初に触れられて到底埋め難い力量差を感じ取った時から、そんなことは分かっていたのに。
思わず溜息を吐きそうになり彼女は慌ててそれを押し止める。
あれに見られている限り、隙を見せるようなことは慎まなくてはいけない。
そんな彼女の葛藤すらも見抜いているのか、隠しもせずに嘲笑う声が聞こえる。
気に留めない振りをしながらも、これから先のことを思うとその声は彼女の心に重く圧し掛かった。