そんな顔をするな

猶予期間も今日で最後。 決戦を目前に控えた日の夕方、彼女はその作戦をオレに伝えた。

「明日は私が囮になるから、その隙にアーチャーは奇襲してマスターを確実に仕留めて」

彼女の性格はこの6日間で嫌という程に思い知らされた。 だから、あくまでオレにそのやり方を強制させないことも予想は付いていた。 それでも決戦くらいはこっちに任せるんじゃないかと思っていた部分もあったのは確かだ。 猶予期間で見てきた彼女の戦闘は確かにそこらの魔術師よりはよっぽど強いと言えた。 だが、決戦の相手はサーヴァント。敵性プログラムなんかと比べものにならない強さだ。 地上の聖杯戦争ならそれでも遅れを取ることはなかったのかもしれない。 しかし、ここは月の名を冠する霊子虚構世界だ。 全てはプログラム化されたデータによって構成されている。 あの宝具とて例外ではないだろう。

「一つ聞いておきたいんですけど、マスターの基礎データって地上のどれくらい再現出来てます?」
「7割、くらいかな。見ての通りアバターのカスタマイズも最低限しか出来てないから」
「ということは、本来持ち合わせてる能力を全て発揮出来るわけじゃない、と」
「そういうことになるね。此処ではマスターの方の改竄は出来ないみたいだから、私の能力値はこれ以上はどうにもならないみたいだし」
「それで囮をやるって? アンタ正気かよ」

分かってる。 彼女が決して冗談なんかで口にしてないことくらい。 それでも言わずにはいられなかった。

「確実な勝利を得るためにはこれが一番でしょ。マトリクスも集まってるし、致命傷はかわせる」
「…………」
「そんな顔しないで。私は大丈夫だから」

何を根拠にそんなことを言うのか。 如何に伝承保菌者であっても宝具を扱うのは人の身に過ぎない。 訓練を積んだ資本(からだ)があってこそ、神代の遺物を使いこなすことが可能となるのだ。 今の彼女では英霊と互角に戦うことなど叶うまい。 5分……いや、3分持てば良い方だろう。 その間にオレが敵のマスターを仕留められるかは正直微妙な所だ。 危うい賭けなんてもんじゃない。 たった一言、オレに命じさえすれば良い。 『正々堂々戦え』と。 或いはオレが事を終わらすまで隠れていれば良い。 それだけのことなのに、彼女はそのどちらも選ばないだろう。 サーヴァントの人格を尊重し、自分の信念を曲げないために。

それならどうすれば良いのか。彼女の命を危険に曝すことなく、そのやり方を貫くには――

決まってる。答えなんて始めから一つしか無かった。

「マスター。アンタが何にその剣を捧げ、何の為に戦うのかは知らない。でも、オレは無駄に命を賭けるような真似をして欲しくない」
「アーチャー……?」
「だからさ、オレに守らせてくれよ、アンタのこと。完璧な騎士にはなれねぇだろうけど、善処はするから」
「でも、それだと貴方の流儀には反するんじゃ……」
「オレが良いって言ってるんだから良いんだよ! そりゃ確かにオレのやり方とは違うけど、今のオレはそういう気分なんでね」

勢いだけで随分と恥ずかしいことを口走った気がする。 その気恥ずかしさを誤魔化すように顔を逸らしていると、手を引っ張られた。 誰かなんて此処にはオレともう一人しか居ない。 視線をやると、彼女がその両の手でオレの腕を掴んでいた。 掴む、というよりは押さえ付ける、という方が正しいかもしれない。 俯いた顔は髪に隠れて表情が読めなかった。

「えーと、マスター? オレの提案が気に食わないとかでしたら口で言って貰いたいんですけど」
「違うの、そうじゃなくて……ありがとね」

ぽつりと呟かれたのは感謝の言葉だった。 先程の発言は迷惑では無かったらしいと分かって少し安心する。 これでそんなものは余計なお世話だと言われたら、流石にオレもヤケになっただろうから。

「じゃあさっきの囮とか何とかって話は無かったことで良いんですね」
「うん、明日は貴方に任せる。改めて宜しくね、私の騎士さん」
「……オレに言わせりゃ、本物の騎士様の騎士役がこんな偽物で申し訳ないくらいですけど」
「私が嬉しかったから何だって良いの。さて、そうと決まればアリーナに行こっか。明日の予行ってことで今日の戦闘は全部アーチャーに任せるね」
「げ。こっちはマスターのおかげで身体鈍ってんのに、いきなりですか」
「だって時間が無いから」
「そりゃアンタが頑固なせいでしょ。今後のためにも、もうちょい融通効かせて貰えませんかね」
「うーん、考えておく」

ふと、憑き物が落ちたように彼女の纏う空気が軽くなっていることに気付いた。 これまでのことは分からないが、もしかしたら、誰よりもその在り方に重責を感じていたのは彼女だったのかもしれない。 伝承保菌者という役割を担ってしまったがために必死に魔術師に、騎士に成ろうとしていた――普通の少女。 どうやら、オレが最初に抱いた印象は間違ってなかったらしい。

「とりあえず、アリーナ第2層を1周して様子見ね」
「はいはい。大丈夫だと思いますけど、やばくなったらフォローお願いしますよっと」
「そんな心配してないくせに。それとも、自信ない?」
「まさか。オレだって弓に関しちゃプライドありますからね」
「良かった。言ったでしょ、信頼してるって。だから回復の用意とかしてないから、頑張ってね」
「……信頼してくれるのは有り難いんですが、もうちょい別の方に向けてくれっての」

とりあえず、この偽者の騎士を暫くの間は続けられるように、今は目の前の敵を倒すことに集中するとしよう。

拍手御礼[title by 確かに恋だった 主従関係で強気な主5題] 2012.04.30