君の未来は私がもらう

「そういえば聞いていなかったな。マスター、君は聖杯に何を願うつもりなのかね」

会話の端は彼が投げた質問だった。 サーヴァントにとって自身のマスターの願いとはそれなりに重要な関心事だろう。 今までその話題が出なかったことの方が不思議なくらいだと言える。 こちらとしては特に避けていた覚えはないので、偶々そういう機会に恵まれなかったということだろう。

「話すのは構わないけれど、聞いて面白い話でもないと思うよ」
「ふむ。君が自身について否定的な発言をするのは珍しいな」
「何事にも例外は付き物さ。こればかりは自分でもどうかと思う話でね」

『らしくない』発言であるという自覚はあった。 しかしそれ以上に、これから話そうとしている事柄の方が更に『らしくない』と断言出来る。 歯切れも悪くなるというものだ。

「そうだな……君は、神になりたいと思ったことはあるか?」
「それは何かの謎掛けか? 君のことだ、単に他者から崇拝される存在という意味ではあるまい」
「謎掛けというほどでもない。神のように何でも出来る力が欲しいというだけの話だよ」

かつての自分は魔術ならばあらゆる事が実現出来ると思い上がっていた。 その結果、自分一人では所詮何も変えられないのだと決定的なまでに突き付けられた。

『神にでもなれば■■■■も可能なんだろうか』

幼い子どもみたいな考え。 けれども、それは一つの指針にはなった。

「自分の力では及ばないなら超常的な力を使えば良い、それだけのことだ。その目的において聖杯は正に打ってつけの存在だと思っていたんだ」
「その言い方では今はそう思ってはいないように聞こえるが」
「……察しが良過ぎるというのも考えものだな。君の言う通りだよ、今は聖杯にそれを願おうとは思っていない」
「理由を聞いても?」
「人知を越えた願い、それを可能とするのは『魔法』と呼んでも差し支えない。そんなものより、聖杯はもっと簡単な答えを選ぶだろう。人間が気付いていながらも、決してそれを選ぶことをしなかった答えを」

超越者によって完全に統制された世界
または絶対悪の君臨する世界
全ての意識が溶け合った集合体の世界
そして、人類という種そのものが滅亡した世界

「それは確かに私が求めた答えではある。でも、正解ではないんだよ」
「マスター。君の願いは――」
「触媒となる聖遺物無しに召喚したサーヴァントはマスターと近い性質の英霊が喚ばれる。そうだったな、エミヤ?」

夢を見た
たった一つの理想を抱いて、戦場を駆け巡り続ける姿を見た
そこに個はなく、あるのは正義という秤だった
理解されることはない
与えられるのは賛辞ではなく誹謗中傷
それでも決して止まることは、己の信じたものを貫いた
命尽きる瞬間まで

「理解しかねるな、分かっていながら何故求めようとする。君の行為は何も生まないし、誰も幸せにはしない」
「どんな相手に言われるよりも重みのある言葉だな。けれども、何を言われようと諦めるつもりは無い。それに言っておくがこれは君の責任でもある。私をもう一度足掻いてみせようという気にさせたのは君なんだからね」

あんなものを見せられて、聖杯などという不確かなものに縋ろうとしている自分が馬鹿馬鹿しくなった。 やれることはやりきった。後は奇跡にでも頼るしかない。 それはただの逃避だと理解(わかっ)たから。

■■■■

それが人の身に余るほどの願いならば、その生涯を賭して挑むべきなのだと。

「責任転嫁とは恐れ入るな。それは元々君のものだろう。誰に言われたのでもなく、君が抱いた願いのはずだ。それとも同病相憐れんでいるつもりなのか? それならば他所を当たってくれ。生憎と私はその手のことに興味は無いのでね」f 「そんなものにくれてやる時間は私とて持ち合わせてないさ。私をその気にさせたんだ、その代わりに少しばかり手を貸して欲しいだけだよ」 「私の思い違いでなければ我々は『今』聖杯戦争に参加するマスターとサーヴァントとして契約を交わしているはずだが」
「この戦いが終われば切れる関係だろう? 私が言っているのはその先のことだ」
「聖杯の補助無しで英霊を現界させる、というわけか。出来るのか、君に」
「見くびるなよ、エミヤ。君の未来は私がもらう。守護者なんぞよりは意義のある時間を与えてみせるさ」

道程は幾重にも閉ざされている
掲げる物の崇高さに対し、目指す者がその身に受けるのは侮蔑ばかり
行いは偽善者と批難されるだろう
それでも――

「全く、随分と厄介なマスターに掴まったものだ」
「それこそ今更だろう? 言っておくが君に拒否権は無いよ」
「……好きにすると良い。自滅などという眼も当てられない結果だけは避けて欲しいところだがね」
「無用の心配だよ。では、手始めにこの戦いを終わらせてしまおうか。新たな目的が決まった今となっては越えるべき過程に過ぎないものだ」
「それは構わないが、マスター。こちらからも一つだけ言わせて貰いたいことがある」
「小言と皮肉以外ならば聞こうじゃないか」
「――オレのようにはなるな。それだけは約束してくれ」

真っ直ぐに告げられた言葉。 それは『アーチャー』のサーヴァントとしてではなく、英霊エミヤとしての言葉だった。 故にそこに込められているのは主への気遣いではなく、■■■■などという愚かな願いを持ってしまった少女への思い遣りだ。 自身と同じ轍を踏む真似だけはするなと。

「約束するよ。だから、もしも私が道を違えた時は君が止めてくれ」
「了解した。マスター」

――この存在が傍に居てくれる限り、この道を歩み続けることが出来ると
そんな確信があった

拍手御礼[title by 確かに恋だった 主従関係で強気な主5題] 2012.04.25