「ただいま」と言える場所
空の旅を終えて、私は久々に日本の地を踏みしめる。到着ロビーで手荷物が出てくるのを待つ間に携帯の電源を入れると、まるで待ち構えていたかのように着信が入った。
「もしもし。あぁ、うん。そうそう、今着いた。え、荷物?」
すると今度はその会話を待っていたかのようにスーツにサングラスの人物が現れて、私に小さな荷物を手渡してきた。毎度のことながら、あそこの社員さんは本当にご苦労様である。彼のことだから福利厚生はしっかりしているのだろうが、それでも離職率がかなり低いというのは一体どんな仕組みになっているのかと疑問に思ってしまうくらいには、雑務をたくさん任せられている。私のところに言づてに来たりするのも申し訳ないので止めてくれ、と何度も彼に進言しているのだが一向になくなる気配はない。
「すみません、いつもご苦労様です。うん、受け取った。で、これ何? いや、もっと具体的に……写真?」
携帯を肩と耳の間に挟みながら自由になった両手で包みを開けると、確かに中には1枚の写真が入っていた。そこには青みがかった髪色の外国の少年と彼に寄りそう少女が写っている。もちろん見覚えはない。この二人が何者であるかは分からないが、私がわざわざ呼び出されたことに多少なりとも関係はしているのだろう。その考えを電話越しにそのまま相手に伝えると「その程度のことも分からないようでは話にもならん」と返ってきた。相変わらずいちいち人を苛つかせるのがお上手らしい。
「とりあえずこれを持ち歩くようにすれば良いってことね。わかったわかった。あ、モクバ居るなら電話代わってよ」
「モクバは貴様と話すような時間はない」
ぴしゃりと言い切られると一方的に電話を切られた。まぁあとで直接モクバに電話すればいい話なので一先ずはよしとしよう。モクバにいつ頃なら電話しても大丈夫か確認のメールを入れた後、電源を入れると同時に受信していたメールを開く。差出人は幼馴染。空港に着いたからこれから用事を済ませてから学校に向かうという内容の返信を手早く済ませると、丁度出てきたスーツケースを受け取ると私はバス乗り場へと向かった。
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「そういや、のヤツは卒業式来んのか?」
昼休み、屋上でそれぞれのこれからについて話し合っている際に『卒業』という言葉が出たからか、城之内が思い立ったかのように口にした。それは特定の相手に向けてというよりは、誰か知っているのか、と皆への問いかけだった。よってそれに対する反応も各々から返ってきたが、答えは皆同じ「聞いてない」だった――ただ一人を除いて。
「なら今朝こっちに戻ってきたらしいよ」
「それほんとかよ、獏良!」
「うん。メールが来たんだ、ほら」
そう言って獏良が見せてきた携帯の画面には「空港着いたよ。ホテルチェックインして荷物預けたら、学校行くね」という確かに差出人がからのメールが表示されていた。
「そっか、こっちに戻ってきてるのね」
「この前来てたのが夏休みだから、半年振りくらいかな」
「何にせよ、会うのが楽しみだな」
「も水臭ぇよなぁ。いっつも連絡は獏良にばっかりじゃねぇか」
「まぁなりに一応考えがあってのことだと思うから。ね」
「そうそう、こうやって皆の反応を直にみれるしね。そんなに会うのを楽しみにしてもらええてたなんて嬉しいな。帰ってきたかいがあるってものだよ」
いつの間にか一人増えている声。その存在に気付いて皆がいっせいに声の主の方を見ると、そこには今まさに話題になっていたが立ってひらひらと手を振っている。以前と同じように制服を着こなし、さも昼休みの最初からそこに居たかのように平然としている。あまりにも普通だから、それこそ今でもは毎日一緒に童実野高校に通っているのだと錯覚をしてしまいそうだった。
「ただいま、みんな」
「あ、あぁ、おかえり。って、そうじゃねぇだろ!」
「気持ちは分かるが落ち着け城之内。いつ来たんだ」
「ほんとついさっき。意外とすんなり入れたから、昼休み終わる前に来れたみたいだね」
「そういえば、あなたなんで制服着てるの?」
「制服着てたら遅刻してきた生徒みたいな感じで入れないかなーという期待と、せっかくだし久々に制服着たかったから。目論見通り、特に手続きしないでも入れたから時間短縮できたよ」
「ちょっとそれって駄目じゃない!一応あなたは部外者なんだから」
「まぁってそういうところあるから。それにちゃんと後で職員室行くんだろ?」
「さっすが遊戯。わかってるー」
向こうの学校は制服とかないから、久々に制服着ると何かテンション上がるよね。などと暢気なことを言っているを見ていると振り上げた拳の行き場もなくなってしまい、脱力したように城之内は手を下ろした。深い溜息を吐いたところを慰めるように背中を叩いてくれた相手に感動して振り向いたが、後ろに立っていた獏良がもう片方の手で親指を立ててみせたのを見て、更にもう一度溜息を吐く羽目になる。分かっててやっているのだから本当にたちが悪い。気持ちを切り替えるように一度深呼吸すると、城之内はの方へ向き直って気になっていたことを口にした。
「さっき話してたんだけどよ、は卒業式には来れんのか?」
「んーせっかくだし行きたい気持ちはあるんだけど、部外者だしね」
「まぁそうよね。一緒に卒業ってのは無理かぁ」
「そうなっちゃうかな。とりあえず参列だけでもできないかは先生との交渉次第だから頑張ってみるつもり。何とかならなかったら最終手段も考えてはいるけど、できればあんまり使いたくないからね」
の言う最終手段というのが何を指しているのか何となく分かってしまった者はと同様に苦笑いを浮かべていた。何のことだが察しがつかない者は不思議そうにしていたが、それについてが説明をするよりも先に昼休みの終わりが近いことを知らせるチャイムが屋上に鳴り響いた。屋上で昼ご飯を食べてだべっていた他の生徒達も荷物をまとめると、それぞれの教室へと戻っていく。いくら卒業が近いとは言っても、気を抜いて遅刻などしたら怒られることは避けられないだろう。皆もそれが分かっているから、他の生徒たちと同じように荷物をまとめると屋上の出口へと向かった。
三年生の教室のある階まで一緒に来たところ、は「職員室に行くからまた後で」と告げて教室まで行かずに皆と分かれた。皆の後ろ姿を見送った後、一人になった彼女はおよそ一年振りに踏み入れた学校を懐かしみながら職員室へと向かったのだった。