探す

理樹に連れられて移動することで校舎への侵入は難無く成功した。肩口からふらりと揺れる尻尾に幾らか視線を集めはしたが、連れているのが理樹だと分かると鈴のところにでも行くのだろうと勝手に納得してくれたらしく呼び止められることもなかった。 最大の難関であると思われた風紀委員にも、理樹がそれなりに注意を払いながら移動していたのか遭遇することなく無事に教室に辿り着くことが出来た。 そこは見慣れた場所であり、当然のように毎日通っていたはずであるのに、ほんの僅かではあったが懐かしさすら覚えた。 一日来ないだけでこうも郷愁に駆られるものだろうか、元の姿に戻ってしまえばこんな感慨深さなど跡形もなく消え去ってしまうだろうに。 あくまで元の姿に戻れれば、の話であるが。いや、良い加減誤魔化すのは止めよう。本当は薄々気付いてはいるのだ。 私がどうして猫の姿になっているのか、その原因も理由も――

「あぁ良かった。教室に居たんだ、鈴」
「なんだ、あたしに何か用か?」
「あれ、理樹くん。肩に乗ってるのは、ねこさん?」
「そうなんだ。この猫が、鈴に用事があるんだって」

軽い浮遊感と共にひょいと持ち上げられると、私は鈴の机へと下ろされた。鈴や小毬嬢、そして理樹よりも身長が高いためにこうして見下ろされることはこれまでなかった。だからだろうか、彼らの顔が上にあるというのは何だか不思議な感じがする。 考え込むようにこちらを見詰める鈴とは対象的に小毬嬢は笑顔を浮かべながら私の頭を撫でており、私はされるがままになっていた。 警戒心が薄いというか、引っ掻かれるかもしれないという発想はないのだろうか。 私にそんなつもりはないが全ての猫が大人しいというわけではないのだから、と思わず心配になってしまう。そうしている内に不意に身体を持ち上げられたかと思うと、珍しく真剣な顔をした鈴の顔が目の前にあった。

「おまえ、あたしの猫じゃないな」
「にゃ(そうだよ)」
「あたしに何の用なんだ? それはあたしに出来ることなのか?」
「みゃあー(此処には居なかった。だから、何処に居るのか知りたい)」
「……レノンか?」
「うにゃー」

我が意を得たり、と頷いてみせる。それで鈴には伝わったのだろう。決してこちらの言葉が分かるわけではないのだろうが、鈴は的確に私の言葉を読み取ってみせた。 猫好きの鈴だから、いや、猫と過ごしてきた長年の間に鈴が自ら進んで身に付けた才能なのだろう。猫と仲良くなるために、猫を楽しませるために。 その直向きさが猫だけでなく人間にも向かうのがそう遠くない日のことであればと思う。

「このねこさんはレノンさんに会いに来たの?」
「そうだ。こいつはレノンのことを追い掛けてきたんだ、と思う」
「恭介が連れて行ってしまったから、探しにきたってこと?」
「お友達と離ればなれは寂しいもんね」
「きょーすけのやつに悪気はなかったんだ、すまない」
「にゃー」
「それで、鈴。レノンは何処に居るの?」
「さっきまで一緒だったが、レノンは此処には居ない。たぶん、中庭だと思う」
「うなー(入れ違いか)」

それだけ聞ければ十分だった。こちらの動きを察したのだろう鈴は私を床へと下ろしてくれたが、その顔には何処となく申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。 自分のためとは言え、恭介が勝手にレノンを連れて行ってしまったことを悪かったと思っているのだろう。先ほど鈴が理樹と小毬嬢に語って聞かせた事情はなどこちらは持ち合わせていないので、そんな風に自分を責める必要はないというのに。 自分という「猫」に対する勘違いのせいで鈴にそんな表情をさせていたくはなくて、未だに傍に置かれていた彼女の手にするりと頬を撫で寄せる。 怒ってなどいないと、むしろ感謝しているという気持ちを込めて。鈴にならば恐らく伝わるだろう。 その動作によって鈴の表情が安心したかのように和らいだのを見届けると、私は床を蹴って駆け出した。中庭を、レノンの下を目指して。


+++


「あっという間に行っちゃったね」
「それだけレノンのこと必死に探してるってことだよ。鈴は、どうするつもり?」
「何がだ?」
「あの猫がレノンのことを探しに来たんだとしたら、見付けたら二匹とも元の場所に戻るんじゃないかってこと。その時、鈴はレノンのこと手放せる?」
「あたしは……あいつらがそうしたいならあたしに止める権利はない。そもそも、前に居たところから勝手に連れてきたのはこっちだから」
「でも、ねこさんは居心地が良ければ住む場所には拘らないっていうよね」
「小毬さん?」
「それに、ここなら縄張り争いとかもないし、みんな仲良く暮らせるよ。だからね、りんちゃん。辛いなら、無理にお別れしなくてもいいんだよ」
「ほんとうにそう……なのか?」
「まぁ、はっきりとしたことは言えないけど、あの猫次第だろうね」
「そうか、そうだな。ありがとう、こまりちゃん」
「いえいえ〜どういたしまして」

新しく来たばかりではあるが鈴にとっても既にレノンは大切な存在になっている。そのことは普段の鈴の様子から分かっていたから、僕は少しだけ心配していた。僕達からしてみれば恭介が猫を拾ってくるのは日常茶飯事であり、なんだかんだ言って妹である鈴の喜ぶことをしている恭介の兄らしい一面であるとさえ感じていた。でもそれは僕達人間の一方的な事情であり、猫からすれば勝手に仲間を連れていかれているようなものなのかもしれない。 そう思えば、鈴が落ち込んでしまうのも無理はないことだった。それも今は小毬さんの御蔭で持ち直したみたいだけれど。

恭介がレノンを何処から拾ってきたのかは分からないけど、あの猫はレノンをどのくらい探し回ったのだろうか。 その道のりは僕達からは想像も付かないほどに長いものであったに違いない。そこまで考えて、ふと気付いた。「レノン」という名前は此処に来てから恭介が新たにつけた名前だ、きっと以前は別の名前があったに違いない。 けれども、あの猫は「レノン」という名前に反応した。どうしてその名前を知っていたのだろうか? 考えてみれば最初からおかしい。 そもそも、どうしてあの猫は鈴の名前を知っていたんだ? 鈴とレノンが一緒に居るところを見ていたのかもしれない。それならどうしてその時に接触しようとしなかったんだろうか? 一つ気になってしまえば次から次へと済し崩し的に疑問が沸いてくる、あの猫は一体「何」なんだ?
頭に浮かんできた疑問を口にしようとしたのと同時に、窓辺には影が差し、教室のドアは騒々しい音と共に開かれた。

「よっと、邪魔するぜ」
「理樹、さっきの猫はどこ行ったんだ?」
「先ほど俺達とすれ違って逆方向へと走っていっただろう。気付かなかったのか」
「恭介! 真人に謙吾も!」
「教室が一気に暑苦しくなったな」
「ふえ、みんなねこさんを探しにきたの?」
「猫……?」

どうやらまだあの猫に会っていなかったらしい恭介に簡単に事情を説明する。纏めてしまえば「レノンを探している猫が居る」それだけのことだったが、それを聞いた恭介は顎に手を当ててじっと考え込んでしまった。 なにせ恭介はレノンを連れてきた当事者だ、色々と思うところもあるのかもしれない。 恭介が一緒に居る二匹を強引に引き剥がしてレノンだけ連れてきたなんてことは有り得ないだろうけど、拾った時にもしかしたら今に繋がる何かがあったということも考えられる。

「そういや猫が関係ないなら、恭介は何の用だよ?」
「用なんかなくても、きょーすけの馬鹿は此処に来る」
「用も無しに下級生の教室に窓から出入りする上級生というのもどうかと思うがな」
「おいおい、随分な言い草だな。言っておくが、用はある」
「そうなんだ、珍しいこともあるんだね」
「くっ、遂に理樹まで俺にそんなことを言うように……お前達のせいだぞ!」
「いや、どう考えてもおまえの日頃の行いの結果だろう」
「きょうすけさんは何のご用なんですか?」
「小毬……お前が俺の最後のオアシスだ」
「きしょい! こまりちゃんに触るな!!」

鈴が繰り出した蹴りを恭介がかわす。更に鈴が追撃を試みるも、恭介はそれをバックステップで華麗にかわしてみせた。10mほど離れて睨み合う兄と妹。今にもバトルが始まりそうな緊迫感に満ちているが、そんなことになっては話が進まなくなる。昼休みもそう残されていないのだから、ここは恭介の用とやらを聞くのが先決だろう。未だに毛を逆立てて臨戦態勢にある鈴を小毬さんに任せると、僕は恭介に向き直った。

「それで、恭介。一体何の用なのさ?」
「あぁ、そう大したことじゃない。ただの確認だ。だから此処に来た時点でもう8割方は済んでるんだ」
「確認って、何をだよ」
「今日お前達はを見掛けてないし、は授業にも出てない。そうだよな?」
「朝食の時点で見掛けていないのだから、そうだろう。わざわざ俺達に聞かずとも、お前は分かってたんじゃないのか?」
「だから言っただろ、確認だよ。それともう一つ、連絡は誰のとこにも来てないな?」
「うん、僕達のところにはから連絡は来てないよ。出席確認の時にが居ないのを不思議がってたから、先生にも連絡は行ってないと思う」
「分かった。それだけ聞ければ十分だ」

そう言うと、恭介はひらりと手を振って扉から出て行ってしまった。何処に行くのか、なんて聞くのは多分野暮なことなのだろう。そもそもが学校を休むことは一年に一度あるかないかのことであり、何らかの事情で休んでいるにしてもが誰にも連絡していないというのはおかしい。けれど一方で、ならば大丈夫だろうという思いがあって僕達は行動を起こそうとは思わなかった。それはきっと、や恭介が自分達に心配されるような存在ではないと心の底で思ってしまっているからなのだろう。二人だって完璧ではないし、怪我もすれば病気になることもあるというのに。だから、僕は皆にこう提案することにしたんだ。

「あのさ、後でリトルバスターズの皆で――」