OZマーシャルアーツ。
OZ内の特定のエリアにおける格闘技大会の名称だ。 このエリアでは日々、多種多様な戦いが繰り広げられている。 この世界的チャンピオンであるキング・カズマは、王者の名を賭けて今日も挑戦を受ける。



試合が開始して既に数分経過していた。 今日の挑戦者は防御を繰り返して決定的ダメージを回避しながら、何度か攻撃を当てることにも成功している。 けれども、キング・カズマに勝つにはまだ力不足といったところか。 挑戦者が10努力をしたら、キングは常にその10上をいくから。 キング・カズマはその名に胡座をかいているわけではない。 彼は今でも、一試合毎に成長を続けている。 圧倒的な実力差を埋めたとしても、それを踏まえた上で戦わなくてはいけないのだ。 勝ち目など、始めから見えていると言っても過言ではない。
そうしているうちに、キング・カズマの一撃が決まり、挑戦者がKOされ、キング・カズマの勝利がコールされた。


<今日もキング輝いてる(*´∀`*)>
<キングに勝てるわけが無いwww>
<あれに勝てる奴いたら、強さのインフレ起こるし>
<今日は持った方、昨日は瞬殺だった\(^О^)/>
<そういうなら、お前が挑戦してみろ。あれは無理w>
<キング・カズマ萌えー(;´Д`)…ハァハァ >
<さて、TELで今日の試合の検証見てくるか>
<あそこ少なくとも1時間のタイムラグあるから、今行っても無駄>
<キングはラブマシーン事件でまた一皮向けたな>
<同感>
<そういやTELってラブマシーン戦もある?>
<無い。だが私見は述べてる>
<TELって何?>
< ggrks >


画面上に現れるそれらのコメントは見ずに、準備しておいたノートに今の試合について書き留めていく。 先程見ていたものを、頭の中で場面毎に再生する。 相手の動きに対して、キング・カズマがどう反応したかを主軸にして、攻撃、防御、それらの流れとタイミング。 そこに加えて、自分が観ていて気になった点を脇にメモする。 全てを書き終わった時には、ノートの見開きが文字で埋め尽くされていた。 今直ぐにやらなくてはいけないのは、ここまでだ。続きは一度休憩してからでも出来る。 そう思って、シャーペンを置いて背を伸ばして一息吐く。 そこで、そういえば此処は家じゃなかったんだ、と漸く思い出した。

「終わったんだ?」
「終わりましたー、これで小磯先輩のところに行けます!」

その様子を見て、終わるのを待っていたのか佐久間先輩が声を掛けてきた。 彼の声を聞きながら、私は机に突っ伏して休んでしまいたい気持ちを抑えて片付けを始める。 まず机に広げたものを鞄に仕舞い、次に先程のコメントのログをさらって一応確認する。

「もう帰って平気なのかよ。この後またキング・カズマの試合あったらどうすんの?」
「それなら心配しなくて大丈夫です。今日はもう無いと思うし、あるとしても夜ですから」
「そのソースは何処から?」
「経験的事実です。私も四六時中パソに張り付いてるわけにもいかないので、その辺りは調査済みです」

キング・カズマの試合は基本的に平日は夕方から夜。休日は午前と午後に、それぞれ現れる。 最優先事項と言っても、私もまだ高校生だから学校がある。 宿題もあるし、時には予習や復習もしなくてはいけない。 それでもキングの試合は観たかったから、その出現時間を自分なりに調べた。 多少の変化はするが、概ねこのスケジュールで間違いない。

……俺はお前にキングを紹介することが不安になってきた」
「何で!? 私が追ってるのはキング・カズマであって、オフの『カズマ』のことは一切知らないですよ? ストーカーなんかしませんって!」
「なら良いけど。俺は後輩から犯罪者出すのは嫌だぞ」

物凄く失礼なことを言われた。 キングの出現時間を把握するのが、そんなにいけないことなのか。 確かに自分でも多少行き過ぎてるかなとは思うが、ストーカー扱いは酷い。

「ついでに聞いておきたいんだけど、はやっぱりTEL知ってるわけ?」
「勿論知ってますよ。というか、キング・カズマのファンでTEL知らなかったらもぐりです」

コメントの中に何度か出現する「TEL」という単語。 「TEL」とはキング・カズマの試合について考察しているブログ、The Empire of Light の略称で、かなり細かく考察されていることからファンの間では有名だった。

「TELにはキング・カズマの初期の試合の記事もあったらしいな。今はキャッシュ対策までして、記事消したみたいだけど」
「詳しいじゃないですか、先輩」
「さっき調べたんだよ」

キング・カズマの試合観戦後、コメントに出てくる言葉が気になったからこの短時間で調べた、と。 既に消されてる初期の試合の記事についてまで調べ上げるなんて、やっぱりパソコンに関する佐久間先輩の技術は並外れている。 同時に何台ものパソコンを使うなんて、私には出来ない。 改めて先輩の凄さに感嘆しつつも、手は休めずにスクロールを続ける。

「彼女としては自己満足で始めたのに、知名度上がっちゃって困ってるみたいですけどね」
「え、お前知り合いなわけ?」
「知り合いですよーかなり親しいです」
「お前と知り合いってことは、その人も相当なファンなんだろうな」
「あはは、否定はしません。まぁ、実際にTEL行ってみれば分かりますよ」

ログを読み終わったところでOZをログアウトし、パソコンをシャットダウンする。 そして立ち上がって、忘れ物が無いかを入念に確認した。 また暫くは部室には来ないつもりだから、忘れ物をして取りに来たりしたくはないし。

「じゃあ、私は小磯先輩のところに行くので。気が向いたらまた来ますね、お疲れ様でーす」

扉の手前で振り返って佐久間先輩に挨拶をし、返事を聞かずに走り出す。

「あ、ー。健二が居なかったら夏希先輩でも――ってもう聞こえちゃいないか」

勢い良く開けた反動で閉まり掛けているドアの向こうから、パタパタと走り去る足音が聞こえた。


(今度から「ドアの開閉は静かに」って注意書きでも張るかな)