今日は夏希先輩と一緒に帰る約束をしたから、図書室で時間を潰して剣道部が終わるのを待っていた。
最初は道場の外で見学をしていたのだが、ずっと見てるのってかなり怪しいんじゃないかと思って此処に移動してきたのが30分前のこと。
勉強をする気は起きなかったから、数学の参考書を眺めたりして時間を潰していた。
「もうこんな時間か」
窓の外が暗くなってきたので時計を確認すると、そろそろ先輩の部活が終わる時間だった。
僕は荷物を纏めると、待ち合わせの場所である校門へと向かう。
その途中、下駄箱で靴を履き替えているところで、こちらに走ってくる足音が聞こえてきた。
「居た! 小磯先輩、探したんですよ!!」
「ちゃん? 久しぶり、どうしたの?」
走ってきたのは物理部の後輩である、ちゃんだった。
部活には滅多に来ないので、顔を合わすのは久しぶりである。
「佐久間先輩から剣道部に居るって聞いたのに居ないし、教室もコンピュータ室も図書室にも居ないのに靴残ってるから私校内中探してっ……ケホッ」
そこまで一息で言ったかと思うと、彼女はむせてしまったらしく言葉を詰まらせる。
走ってきたというのもあるのだろうけど、下駄箱に片手をついて全身で呼吸していた。
「あ、あの大丈夫? 落ち着くまで待ってるし、焦らなくていいからさ」
背中を摩ってあげようかと思ったけど、勝手に触るのも悪いかと思い直して手を止める。
上げたままの手をどうしようかと逡巡している間に、彼女は少し回復したのか顔を上げた。
「流石に……鞄持って、校内走り回るのは、疲れました」
「それは、疲れるよ。ごめん、僕のこと探してたんだよね?」
「はい。ちょっと小磯先輩に、お願いがありまして……」
お願いと言われても、直ぐに思い当たることが無い。
僕が人から頼まれることと言えば、大体は数学関係なのだけれど、彼女の様子だとそれも違う気がする。
「えと……佐久間先輩から聞いたんですけど、先輩はキング・カズマと知り合いなんですよね?」
それかっ!!
さては佐久間のやつ、口を滑らしたな。
「うん。知り合いだけど、それが?」
「お願いです、キング・カズマに紹介して下さいっ!!」
キングの話が出た時点で、この展開は予想が付いていた。
でも、どうしようか……。
紹介と言っても佳主馬くんは名古屋だし、メアドを勝手に教えてしまうのも悪い気がする。
それに、彼はこんな風にキング・カズマとして広められるのは嫌がるに違いない。
かと言って、彼女の願いを無碍に切り捨てるのも可哀相だった。
「えーと……」
「やっぱり駄目、ですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
僕が答えあぐねていると、みるみる内にちゃんはしょげてしまう。
本当に困った、どうしたら良いんだろう。
「あれー健二くん、こんなとこでどうしたの?」
答えの出ない難問に迷い込んでいる所に、救いの声が聞こえた。
振り向いた先に居たのは、案の定、夏希先輩だった。
「夏希先輩っ!」
「お取り込み中? だったら私は先に校門で」
「いやいや、待って下さい! ぜひ先輩にも聞いて欲しい話なんです!」
追い込まれた状況に現れた救世主を逃すまいと、僕は必死で引き止める。
夏希先輩は佳主馬くんの親戚だし、僕なんかよりよっぽど良い考えがあるはずだ。
「私が聞いても良いの?」
「佳主馬くんに関することなんで」
「ふーん。私は構わないけど、彼女は?」
ちゃんは突然の夏希先輩の登場についていけなかったのだろう、首を傾げて頭に疑問符を浮かべていた。
どうして先輩に関係があるのか、分からないといった感じだ。
じーっとこちらの様子を伺ってから、口を開いた。
「んーとりあえず。小磯先輩、おめでとうございます?」
「え、どうして?」
「だって先輩、篠原先輩にずっと片思」
「うわぁっ、その話は良いから! なんでそのこと知ってるの!?」
「いや、見てれば分かりますよ」
後輩にすらバレてるって、そんなに分かりやすかったんだ……。
今度からもっと気をつけよう。
次があるのかどうかは分からないけど。
そうして僕が新たな決心をしている間に、ちゃんは夏希先輩に挨拶をしていた。
「初めまして篠原先輩、です。物理部で小磯先輩の後輩をさせて貰ってます」
「夏希で良いよ、よろしく。私もちゃんって呼ばせて貰っても良い? それで、佳主馬くんに関する話なんだけど」
「はい。小磯先輩がキング・カズマと知り合いだって聞いて、紹介して欲しいってお願いしてたんです」
「そっかぁ。あ、私ね、佳主馬くんとは親戚なの」
「そうなんですかっ!? じゃあ夏希先輩にお願いした方が良いのかなぁ……」
そんな二人のやり取りを見てると、もう僕が居なくても良いんじゃないかという気がしてくる。
僕こそ先に校門に行って待っていた方が良いんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、すっかり蚊帳の外で成り行きを見守っていると、先輩に話を振られた。
「それで、健二くんは何を悩んでたの?」
「紹介するって言っても、勝手に佳主馬くんのメアドを教えるのは悪いし、どうしようかと」
「佳主馬くんに確認すれば良いじゃない。それに、チャットもあるしね」
その手があった……!
悩んでた自分が何だったんだというくらいに、問題はあっさりと解決される。
難問でも何でもない、視点を変える必要すらない簡単な問題だった。
「うーん、小磯先輩は相変わらず微妙に抜けてますね」
「良く分からない所で詰まるよね、なんでかなぁ」
「済みません……」
「でも、そこがらしいのかもしれないです」
「確かに! しっかりしてたら健二くんじゃないよね。そうそう、ちゃんはメールとチャット、どっちが良い?」
「チャットだと緊張しちゃいそうなので、メールが良いです」
「じゃあ佳主馬くんに聞いてみて、OK出たら連絡するね」
「あの、夏希先輩。駄目でも当然だと思うので、気にしないで下さいね。会ったことも無い人間が連絡取りたい、というのがそもそも無理があるとは思うので」
「大丈夫、そこは私に任せて!」
返す言葉もなく、僕が落ち込んでいる間にも話はどんどん進んでいく。
気付けば二人は赤外線でメアド交換するところまでいっていた。
「あ」
先輩から赤外線受信をしていたが小さく声を上げた。
何かあったんだろうか?
「送れなかった?」
「いえ、ちゃんと届いてます。ただ、ナツキって夏希先輩だったんだなぁって」
の携帯には先輩のアバターが表示されていた。
吉祥のアイテムを纏ったナツキが。
「やっぱり……ちゃんもあの勝負見てた?」
「勿論です、夏希先輩すっごい格好良かったですよ! 最後の五光揃えた瞬間、鳥肌立ちましたもん!!」
「面と向かって言われると恥ずかしいなぁー。でも、私だけじゃなくて健二くんも大活躍だったんだよね?」
思い出すのは、あの夏の、短くて長い4日間。
色々なことがあった。
そして、とても大切なことを知った。
「小磯先輩も? 先輩、犯人扱いされただけじゃなかったんですか?」
「まぁ多少ね。僕に出来ることなんて限られてたから、大したことはしてないけど」
「そんなことないよ、私達が助かったのだって健二くんのおかげじゃない!」
僕がしたことと言えば、暗号を解いただけ。
だから、ラブマシーンと直接対決した夏希先輩や佳主馬くんに比べると大したことでは無いと思っていたのだけれど――
「夏希先輩……」
「ぜひ詳しくお話を聞きたいところですが、またの機会にしますね。これ以上お二人のお邪魔してると、小磯先輩に悪いですし」
「別にそんなことは……っ!」
「私は馬に蹴られる前に退散しまーす」
くすくすと笑いながら、ちゃんは既に下駄箱から革靴を取り出していた。
靴を履き替え終わると、再び顔を上げて僕達に向き直る。
その表情は先ほどまでと比べると、少しだけ真剣だったように思う。
「最後に、夏希先輩に一つ聞いても良いですか?」
「いいよ、何かな?」
「夏希先輩は、その吉祥のアイテムどう思います?」
「吉祥のアイテム? うーん……凄いレアアイテムだって言うし、デザインも可愛いから気に入ってるけど」
「そう、ですか」
その時のちゃんは何故か、嬉しそうな顔をしていたような気がした。
しかし瞬きをした間に、いつもの表情に戻っていた。
見間違い、かな。
「じゃあ、今日は無茶なお願い聞いて貰ってありがとうございました! それでは」
お辞儀をした後、くるりと向きを変える。
そして、一度だけ振り返ってこちらに手を振ると、そのまま走り去って行った。
(そういうことで健二くん、佳主馬くんに連絡よろしく!)
(え!? 僕がするんですか?)