待ち人は来ず
1934年、シカゴで三百箇所に及ぶ爆発事件と二百人に及ぶ失踪事件が同日に発生した。今を以ってなお、真相が不明とされているその事件の背後では様々な騒動が巻き起こっていたことを知る者は少ない。そこに登場する人物の多くは、引き起こされた偶然的に巻き込まれた人間が多く居た。今から語られるのは、そんな騒動に敢えて自ら身を投じた人物の話。最も大切とする者の為に、彼女はその選択をした。それが正しかったのがどうかは誰にも分からない。結果だけを見れば良かったと言えるのかもしれない。どう思うかは、この話を聞く人次第で変わるだろう。そこに正解も不正解もない。では始めよう、狂乱にして騒乱の不思議の国へと進んで迷い込んだ人物の話を。その人物の名前は、・クラインと言う。
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シカゴユニオン駅構内に一人の女が立っていた。年は二十歳前後といったところで、薄茶色の髪を軽く纏めて、巻きスカートを身に着けている。その女――は人を待っていた。NYに行っていた知り合いが今日こちらに戻ってくるという連絡を受けたから、それを迎えに来たのだった。しかし、到着時刻を過ぎているにも関わらず予定の列車は一向に姿を現さない。先程、構内アナウンスでトラブル発生の為、列車が遅れているという情報が入ったが、果たしてどんなトラブルであったのかは説明されなかった。一体何があったのだろうか。
「アイツなら……まぁ、何があっても平気だろうけど、他の皆のことは心配だし」
列車が到着さえすれば、当事者から事情は聞けるだろう。そう考えていると、一台の列車がホームへと入ってくる。NY発の大陸横断鉄道――彼女が待っていた列車だった。列車が無事に到着したのを見て、と同じように待っていた人達も息を吐く。そして、完全に停車した列車からは次々と乗客達が降りてきた。我先にと言わんばかりの乗客達の様子から、到着が遅れて気を揉んでいたのはこちらだけではなかったことが分かる。暫くして、三等客室の乗客も、二等客室の乗客も、一等客室の乗客も、ほぼ全員が降りきったと思われた。しかしながら、彼女の待ち人である人物達―――グラハム・スペクターとその仲間達は一向に降りてくる気配がない。
「おかしいな。到着時間がずれてはいるけど、確かにこの列車の筈なんだけど……」
そうぼやいていると、最後の乗客と思しき人物達が降りてくる。それは一見すると親子のように見えるが、それでいて何から何まで全く似ていない、少女と壮齢の男性の二人組だった。
「あの、済みません。お二人が最後の乗客でしょうか?」
「そうですけど。お姉さん、どうかしたんですか?」
「いえ、知り合いがこの列車に乗ってくる筈だったんですが、見当たらないんです」
「途中下車した人は居なかったと思いますよ。そうですよね、副社長?」
やはり最後の乗客であったらしい二人は急いでいるわけでもないらしく、の疑問へと応えてくれた。尚且つ、彼女の話に付き合ってくれるらしい。 少女が副社長と呼んで見上げた男性は、その外見からあまり口数の多い方ではないだろうと思っていたが、予想に反して掛けられた言葉に対しその口を開いた。
「キャロルよ、お前は思い込みをしているが故に、最初から一つの可能性を除外しているようだな」
「え、どういうことですか?」
「途中下車をした者が居ることはお前も知っている。列車内で起きたこと、駅に着くと警察から追われることになる者達、その存在を忘れたわけではないだろう」
「まさか……あの列車強盗の人達のことを言っているんですか!」
「列車強盗……?」
黙って成り行きを見守っていたは、不穏な言葉が聞こえてきたことで再び会話へと参加をする。いや、まさかそんなことはない。と思い浮かんだ考えを打ち消そうとするが、考えれば考えるほどにそれは現実味を帯びてくる。アイツならやりかねない。それを否定出来ない程度には、自分は彼のことを知ってしまっていた。
「もしかして、列車の到着が遅れたのは、その列車強盗のせいですか?」
「そうなんです! 狙われたのは一等客室だけだったので、そんなに大きな騒ぎにはならなかったんですけど、被害に合った人が大騒ぎしたんで色々と確認作業とかをしていて。でも、そのおかげで事件は早く発覚したみたいです」
「変なことを聞くようですが、その列車強盗したのは……どんな人達でした?」
「えーと、真っ青な作業着で大きな工具を持った人と、不良少年のような人達でした」
真っ青な作業着。そして大きな工具。そんな特徴を兼ね備えた人物は、この世界広しと言えども他に二人と居ないだろう。ましてや彼が乗っていたはずの列車に居たというのならば、本人であるに違いない。
「その様子だと、貴女は列車強盗に心当たりでもあるのかね?」
「何言ってるんですか、副社長! こんなに常識的な人が、あんな人達と知り合いなわけないじゃないですか。お姉さんにも失礼ですよ」
「ふむ……思い込みには気を付けるようにと先程指摘をしたつもりだったのだが、どうやら理解出来ていなかったようだな。とは言え、この件については、さりとて重要ではないので敢えて訂正はしないでおくが」
「えーと、有難う御座います」
「礼を言われるようなことではない」
私は別にグラハムとの関係が知れたところで迷惑はないけど、ここまで純粋だと彼女の気遣いを無碍にしてしまうのも悪いし……。そう思えば気軽に「はい」とも言うことも出来ず、回答を求めないでくれた男性に一先ず感謝を述べておいた。それに列車強盗をしたというのならば、数日は警察に追われることになるだろう。彼達が此処に現れる可能性は0に近い。それなら、もう駅に居る必要はないことになる。
「私、一度家の方に戻ってみますね。もしかしたら何か連絡が入っているかもしれないので」
「そうした方が良いですよ。行き違いってこともありますもんね」
「お引止めして、色々とお聞きしてしまって済みませんでした。それでは失礼します」
親切な二人に礼を述べ、はシカゴユニオン駅を後にする。
「成程、存在を知ってはいるはずだが、会ったことがないならば分からなくとも当然か」
「え、何か言いました、副社長?」
「気にするな。それよりも、新聞記者として先程の列車強盗の説明は157点だな」
「何点中ですか!?」
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駅から店へと戻ってくると、はClosedにしてあった看板をOpenへと変えた。元々、彼達が来ると言うから今日は事前に定休日にしてあったというのに、肝心の彼達が来ないのでは意味がない。予定がなくなったところで特にやることもないので、休みの予定だった店を開けることにしたのだ。それに、店を開けていても閉めていても大きな違いはない。彼女にとって、この雑貨屋の経営はほとんど趣味のようなものだから。
「ったく、どうして列車強盗なんてしてるのかな。予想は付くけど……」
大方、ラッドさんが3年前に行った列車強盗の真似をしようと思ったのだろう。どれだけラッドさんが好きなんだ、グラハムは。そんなことをして、後ろ盾となる存在になるであろうルッソ・ファミリーからの呼び出しに最初から遅れていて大丈夫なんだろうか。思わず心配になってしまうが、恐らくそこまで考えていないのだろう。それに、ルッソ・ファミリーも彼にそこまで期待をしているわけではないようだし。
「着くのは2、3日後辺りか。ま、どうせ向こうから会いに来るんだろうし。私は連絡通りに駅でちゃんと待ってたんだから、一々気にする必要ないよね」
「何を一人でぶつぶつ言ってるんだい?」
がグラハムへの恨み言を呟いている時に、そう声を掛けながら店へと入ってきたのは、赤い眼をして古めかしい西洋貴族のような服を着た男だった。そして、男がドアを押さえている内に小柄な少年が入ってくる。二人共良く見知った相手――この店の常連客であった。
「リカルド君、クリストファーさんもいらっしゃい」
「今日は定休日じゃなかったっけ?」
「そのつもりだったんだけどね、入っていた予定が突然なくなっちゃって。やることもないし、ついさっきお店開けたとこなの」
「ふーん、じゃあ何か苛々してるのも、その予定がなくなったせいかな?」
「え、苛々してるように見える? クリストファーさん」
「うん。あと、『クリストファーさん』って長いから『クリス』で良いよっていつも言ってるよね」
「それはもう癖みたいなものだから、と私も毎回言ってるはずだけど」
クリストファーとの遣り取りに対して、リカルドは我関せずといった感じで店内を見ていた。この間、彼達が来た時から、特に目新しい品物は入れていなかったと思うが、それでもリカルドは興味深そうに見ている。恐らく、彼女の店に並んでいる品物の多くは他国から取り寄せたものであり眼にする機会の少ないものばかりだからだろう。
「じゃあ、さ、せめて『クリスさん』にしない?」
「んーそれも難しいかも?」
「クリス」
不意にそれまで黙っていたリカルドが口を開いた。聞いていないと思われたが、二人の会話はきちんと聞いていたらしい。
「何―リカルド」
「クリスみたいなのを快く店に入れてくれてるだけで、感謝すべきだオレはと思うよ」
「それなのに、名前の呼び方になんて拘って困らせるなって?」
「そうだよ」
クリストファーは1年程前から、リカルドと行動を共にするようになった。リカルドが新しい護衛を連れているという話はも耳にしていた。だから、最初に彼を伴って来た時にリカルドは外で待つように言っていたが、彼女が彼にも入ってくるように言ったのだ。彼の容姿は一言で言ってしまえば異常であり、気味悪がる人間も当然居る。だからこそ、店の営業妨害になるから、と外で待たせて居たのだ。けれども、はそんなことは気にしないと言った。彼女自身はクリストファーのことを普通に受け入れていたこともある。他の客については、『人のことを見掛けで判断するような人は、私の店に来なくても良いわ』ということだった。それ故に、彼女の店においてはクリストファーはリカルドと共に客として来店することが出来ている。
「クリストファーさん、呼び方については努力してみるから。それより、昨日美味しい紅茶が入ったんだけど、飲んで行かない? 店に並べるかどうか悩んでて、参考にしたいなって」
「さん、クリスに甘いよ」
「私はお客さんのこと、友達だと思ってるからね。頼まれたら、頑張ってそれに応えてあげたいだけだよ」
「友達だって。良かったね、リカルド。僕以外にも友達が居て」
「煩いよ、クリス」
予定に変更はあったけれども、こうして彼女の日常は穏やかに過ぎていった。
大切な存在が、危険に晒されていたとも知らないまま――――