君がいた日々は

「龍くん、出来たから運んでくれる?」
「はいはい」
「今日は炊き込みご飯にしてみました」
「へぇ、具とか買ってきたの?」
「まさか、全部自前だよ。出来合いのは味が少し合わないから」
さんってそーいうとこホントまめだよね」

 雨生龍之介、こと龍くんとの生活は私が予想していた以上に上手くいっていた。 彼は趣味の範囲外であれば、会話があまり好きではないが少し以上に魅力的な青年に過ぎなかった。 基本的に日中は私も彼も仕事に出ているため、顔を合わすのは朝と夜だけ。 そして私の関心は専ら彼の趣味に向けられており、彼も趣味に関してだけは饒舌になることから会話も問題なく成立していた。 唯一の心配事と言えば、犯人隠蔽とかに問われると厄介だなということである。 やってしまったものは仕方ないので既に起きたことは良いが、せめてうちに居る間はルーチンワークは止めて欲しいとお願いしようと思っていた。 しかしこれについては、同じ土地では連続してやらないという拘りを彼が持っていたことからあっさり解決。 そういったわけで、案外上手くいってしまっているというわけだった。
 ――1度だけ、危ない時もあった。呼び方に悩んでいた頃、とりあえず『龍ちゃん』と呼んでみたところ、言いようの殺気を向けられたことがある。 以来今の呼び方に落ち着いたのだが、あの時の彼は紛れもなく『殺人鬼』としての顔をしてしており流石に私も死を覚悟した。 しかし、今のところはその1回だけ。丸一日は口をきいてくれなかったので理由は聞いていないが、かつて誰かにあの呼ばれ方をされていたのだと思う。 その人物は恐らく既に亡くなっていて、彼または彼女を想起させる呼び方を嫌ったのだろう。 もしかしたら、彼がその手で殺めたのかもしれない。数多の被害者の中でも忘れ得ない存在、だとすれば彼の最初の犠牲者か―― そこまで考えて、止めた。全ては憶測に過ぎず、確かめる術はない。 何よりも、茶碗を片手に持った彼が動きを止めている私を先程から不思議そうに眺めているのに気付いたから。

「どうかした?」
「ううん、御飯どれくらい余るかなぁって考えてただけ。一人の時はいつも余った分はお握りにして次の日お昼にしてたから。龍くんどれくらい食べるか分からないし」
「まだあるって言うなら食べるかな。さんのメシうまいし」
「褒めても良いことないよ。それに家出て日本中を旅して殺し回ってる龍くんの食生活なんて大体予想付く、暫くちゃんとした御飯食べてなかったからそう思うだけでしょ」
「いや、コンビニとかファーストフート以外も食べてたけど」
「え、1ヶ月かそこらで移動するならアパートなんて契約出来ないよね? お金もそんなにあったとは思えないんだけど……」
「考えてもみなよ、4年以上もずっとそんな生活続けられるわけないじゃん。だからさ、時々女の子の家に泊めて貰ったりしてたってこと」
「うっわ、最低。だって今が20なんだから10代の頃からそんなことしてたってことじゃない」
「ギブアンドテイクだったから向こうも気にしてないだろ」

 つまりはそういうことをする代わりに、家に置いて貰っていたということだろう。 それは世間一般でヒモと呼ばれる存在に限りなく近いのではないだろうか? 近年、青少年の性の乱れが取り沙汰されるのはきっと彼みたいなのも一因になっているに違いない。

「で、その子達の作ったやつよりうまいって話だったんだけど」
「なんかあんまり嬉しくない……むしろ、今の話のせいで御飯美味しくなくなったかも」
「はぁ? なんでだよ」
「龍くんがそういう話するから」
「それ言うなら、一昨日のアンタの話のがよっぽど食事時にする話じゃなかった」
「一昨日……あぁ、腸の話ね」

 あの日の献立は焼き魚だった。 食事の仕度で魚を捌いている時にふと頭を過ぎった、人と魚の臓腑の色は違うのか、とかそんな感じの疑問を彼にぶつけたのだった。 確かに食事時の話としては適切でなかったけれど、彼も実体験を踏まえて懇切丁寧に説明してくれた覚えがある。

「そもそも、龍くんは今更あの程度の話で御飯が美味しくなくなったりしないでしょ」
「そりゃそうだけどさ。アンタだって平気だろ?」
「私? 私はスプラッター映画見ながらレバーの焼肉食べたりはするけど、洋画の恋愛物見ながらは無理ね」
「それおかしいって」
「好き嫌いの問題よ。そういう君はこれだけは無理ってものは何かないの?」
「あー……動物虐殺系は無理かもな」

 そういえば彼は意外にも動物が好きらしい。 この手の殺人鬼となれば、幼少期の動物虐待から始まって対象が人へと移るものだと思っていたので最初に聞いた時は驚いた。 うちには一応テレビがあるのだが、それで自然科学系の動物番組は欠かさず見ている辺りからも嘘では無いのだろう。 そんな動物愛好家の彼にしてみたら、自然淘汰における食物連鎖は別として、人間による動物虐殺なんてものは到底受け入れられないということか。 それも御飯が食べられなくなるくらいには。

「本当に好きだよね、動物。中でも一番好きなのって豹だったりする?」
「そうなんだよ! 豹はオレが目指すものを体現してるんだ、あの狩りの手口こそCOOLだ!」
「肌身離さず持ってる指輪とペンダント、どっちも豹だから。最初は忘れられない恋人から貰ったのかなとか思ってたけど、龍くんは大切であるほど(アイ)しちゃう人みたいだし違うなって」

恐らく私の言葉は既に彼の耳には届いてない。 それをいい事に、さながら動物博士並に豹の生態について彼が熱く語るのを聞き流しながら、豹ってどんな見た目だっけと考えを巡らせてみる。

ネコ科で肉食。 ライオンや虎よりも細身。 豹柄と言うくらいなので毛皮の模様はあれと同じのはず。

おおよそはイメージ出来たけど、何よりもチーターとどう違うのかが分からないのが致命的だ。 しかしそれを雨生に聞くことは自殺行為である気がする。 となれば、残る手段は一つだった。

「豹か……日本に居たっけ?」
「ちょっと遠いけど、東川動物園になら居たと思う」
「そう。なら、次の休みに其処へ一緒に行こっか」
「デートの誘いなら悪いけど、オレはお金ないから一人で行ってよ」
「交通費その他の必要経費は全部私持ちで良いよ」
「太っ腹だなぁ。さんってば、そんなにオレとデートしたいワケ?」
「そうよ。言ったでしょ、私は貴方を構成する全ての要素を知りたいの」
「…………すっげぇ殺し文句」

冗談に嘘衒いなく真っ直ぐに答えてやると、彼は一瞬驚いたように動きを止めた後、微かに顔を逸らした。 それでも、隠し切れなかった耳が赤く染まっているのに気付いて、くすりと笑みを零す。

「お姉さんをからかおうなんて、まだまだ早いわよ」

2011.12.04.