1.後悔は後から悔いるから後悔と言う
「運が悪いというか、良いというか……やっぱり悪いね」
『自己完結か』
「うん、まぁ確かに今日は武藤くんに会いに行こうかと思ってたよ」
『一昨日から言ってたからな』
「でも、さして話したこともないクラスメイトがいきなりお見舞いに行っても、迷惑がられるか引かれるかしかない」
『喜ばれるという選択肢は無いのか』
今、私はと会話をしながら歩いている。鞄を持っていない方の手、左手にはプリント類の詰まった紙袋を持っていた。端から見たら、独り言のように見えるのかもしれないけど、気にしない。ぶつぶつと悩みを呟きながら歩いている人なんて、今のご時勢には沢山居るだろう。声に出さずとも、と会話をすることは可能だが、そこに割く気力が無いので声に出していた。
「だから、担任から武藤くんが欠席していた間のプリントを預かる、というのは良い考えだった筈なんだよ」
『「筈」ではなく、実際良い考えだ。俺が考えたからな』
「城之内くん達もお見舞いに行くって言ってたから、てっきりプリント持っていかれたかと思ってたけど残ってたし。これは運が良かったよ」
『俺の発言には意見無しか』
「けど……こんなに大量なのは、想定の範囲外でしょ!!」
『俺もここまでとは予想していなかった』
「紙だって束になると重いんだよ!女の子にこんな重労働させんな、空気読めよ担任!!」
『、口が悪くなってるぞ』
「うー、代わって」
『これも1つの試練と思って頑張るんだな』
「この薄情者っ!!」
そういうわけで私、は、現在童実野病院へと向かっている。
大量のプリントと共に、武藤遊戯のお見舞いをする為。
事の発端は三日前。
あの日――千年パズルが砕けた日に、武藤くんは火事によって重傷を負って病院へと運ばれた。私はその事実を翌日の学校で初めて知ったのだ。千年パズルを首から掛けている武藤くん、当たり前であるが故に平穏なその姿を見ることを思いながら、私は登校した筈であったのに。
「今日も王様に会えるといいね、。とは言っても、朝から王様ってことは無いと思うけど」
『しかし今日中に会うことは出来るだろう。何故かあの方は一日一回は表に出られるからな』
「それはそうかも。にしても、周りの皆は気付いてないのかな?明らかに髪型違うでしょ、あれは」
『判断基準は髪型か』
「だって一番分かりやすいし」
ちなみに二番目は学ランの裾、そうやってと声に出さずに会話をしていると、真崎さんが来た。けれども、其処に武藤くんの姿は無かった。幼馴染ということで家が近いのか、二人はいつも一緒に登校しているのに。そして新聞配達の仕事の為、いつもクラスで一番遅くに来る城之内くんが来ても、武藤くんは現われなかった。
「これは……どう思う?」
『何かあったと考えるのが、自然だろう』
「だよね。千年パズルは元に戻った筈なのに……彼等に聞いてみるしかないか。あんまり話したことないんだけど」
『この状況ではそうも言ってられないな』
「……分かった、頑張る」
深呼吸をして一度気持ちを落ち着かせた後。私は席を立つと、彼等――武藤くんと愉快な仲間達へと声を掛けた。
「おはよう」
「あ、おはよう、さん」
「はよっ。なんだか」
「おはよ、お前が声掛けてくるなんて珍しいな」
声を掛けると三者三様ながら返事をくれた。あまり話さないクラスメイトにもちゃんと挨拶するとは、良い人達だ。特に城之内くん、とても不良に見えない。彼こそ、見掛けで人を判断するのは良くない、ということの良き具体例だと思う。
『』
そんな考えに耽っていると、に急かされる。分かってるよ、さっさと本題に入れってことでしょ。
「あのさ、ちょっと気になったんだけど、武藤くんどうかしたの?今日欠席みたいなんだけど」
こういう時は回りくどいことをせずに直球勝負すべし。といったようなことを昔誰かに言われた。余程捻くれた相手でない限り、確実に答えは返ってくる。確かに時間を置かずして答えは返ってきた。しかし、返答として真崎さんの口から出た言葉は衝撃のものだった。
「遊戯は……今、病院に居るの」
「病院!? なんで!?」
「昨日火事があっただろ、遊戯の奴、それに巻き込まれたんだよ」
「……火事?」
「そうだよ、消防車だってかなり走ってただろ?」
言われてみれば、サイレンを聞いたような気がしないでもない。私の家からは遠い所を走っていたようだったので、あまり気に留めなかった。火事など余程身近な所で起こった場合か、野次馬根性が飛びぬけていない限り、一々気にしない方が普通だろう。
「それで、武藤くんは休みなんだね。病院ってことは、そんなに酷い状態なの?」
「軽い一酸化炭素中毒よ。長時間炎の中に居たから……」
「全く遊戯の奴、炎の中でパズルを組み立てるなんて、無茶なことするぜ」
「パズル?」
「あ、いや、こっちの話だ、気にしないでくれ」
慌てた様子で誤魔化すくらいだから彼達は千年パズルについて知られたくないようだった。もう一人の人格が宿っているというならば、それも当然のことか。ここは追求せずに話変えた方が良いかな。
「城之内くんのその怪我も火事で?」
「ん? ああ。かすり傷だし、こんなの遊戯に比べたら大したことねぇよ」
「でも、お大事にね」
「おう、ありがとな!」
ニカッと笑った笑顔は邪気なんか一切無かった。本当に彼は不良なのだろうか?と思わざるを得ない。実は不良だったのは一年前の話で、もう不良じゃないってことも十分有り得る。そのことも少し気になったが、とりあえず聞きたかったことは聞けたし、そろそろ席に戻ろう。
そう思った矢先に、今度は逆に質問をされた。
「そういえば、どうしてさんは遊戯のこと気になったの?」
「言われてみれば、そうだな。他にも休んでる奴なんて沢山いるじゃねぇか」
「そうそう、海馬とかな」
「海馬くんは別格でしょ。彼、社長だし、休みというかもはや不登校の域に達してるって」
「不登校か。、お前良いこと言うなぁ!」
「城之内っ!!」
「あいつは海馬が絡むと完っ璧に子供だな。で、。遊戯のこと聞いてきた理由は?」
特に武藤くんと仲が良いわけでも無い私が彼の欠席を気にしたら、その理由を聞かれて当然である。想定して然るべきだったのに、全く考えてなかった。のことを話すわけにもいかないし……さて、どうしようかな。
「うーん、どうしても言わなきゃ駄目?」
「そんなに言いたくないことなの?」
「まさか、……遊戯のことが好きだったりするのか?」
「だとしたら一大事だな」
「いや、それは無いから」
「即答だな……」
「うーん、あんま言いたくないんだけど、武藤くんって男子にしては結構身長低い方じゃない?だから、癒しオーラみたいなのが出てるっていうか、同じ場所に居るだけで癒されるんだよね。
で、今朝は何か癒されないなぁ、と思ったら武藤くんが居なかったから、ちょっと気になっちゃて。それだけだよ」
これもある意味で本音ではある、言いふらすようなことではないが。癒しオーラとか、軽く危ない人だと思うんだよね。まぁ、これから変人のレッテルを貼られようとも、のことを言わずに済んだから良いとしよう。
「あはは、さんって面白いね」
「そうかな?それじゃあ、私は席に戻るよ」
丁度予鈴が鳴ったこともあり、席に戻る口実を得た私は彼達の側から離れる。そんなに面白かったのかな?とりあえず、ぎゅうって思いっきり抱き締めたいとか言わなくて良かった。席に戻りながらそんなことを思った。
その日、授業は手につかなかった。も同じような気持ちだっただろう。私達はパズルに宿る王様のことしか考えていなかったから。器である武藤くんのことを考えていなかった。自分のことを省みず、炎の中でパズル組み立てた武藤くん。彼はその結果、入院までしているのだ。彼以上にもう一人の自分を思っている人物は居ないだろう。二人の間の鎖の絆――。
『、何を考えている?』
「多分、と同じ事」
帰宅してからもすっかり気の抜けていた私にが聞いてきた。恐らく、心配してくれたのだろう。自分だって辛いと思っているのに、優し過ぎる。
「武藤くんは知らないにしても、酷いことしちゃったな……」
『が悪いわけではない。お前は俺の感情に流されたに過ぎない』
「けど、私が武藤くんのことを考えなかったのは、変えようもない事実だから」
『…………』
「だけが悪いわけじゃないよ」
そう言って、私は抱えた膝に顔を埋めた。私がこうやって落ち込むことでを余計苦しめているのは分かっている。それでも、武藤くんへの罪悪感を消すことは出来なかった。暫くそうして自分の殻に閉じこもっていると、の声が聞こえた。
『……過去は悔やんでも変えられない。だが、未来は変えられる』
「?」
『俺には出来ないことだが、には出来るだろう?』
「あ……」
彼の人生は遥か三千年前に閉じている。彼に――未来は無いのだ。けれど、私にはまだ未来が、変えられるものがある。顔を上げるとが目の前で微笑んでいた。
「そうだね、悔やんで立ち止まってちゃ、駄目だよね」
『今出来ることは?』
「お見舞い……行った方が良いかな」
『がそうすべきだと思うのなら』
「うん、じゃあ明後日行く」
『明日ではないのか?』
「私だって心の準備期間が欲しいんだよ! だって武藤くんと話したことってほとんどないし、いきなり行くわけにもいって」
『分かったから、少し落ち着け』
そう言ってが苦笑しながら手を伸ばしてきた。叩かれるのかな、と思って眺めていたその手は何故か途中で止まる。
「どうしたの?」
『いや、こういう時ほど、実体が無いことが悔やまれる時はないと思ってな』
「……部屋、行こうか?」
『そこまでしなくても良い。ただ、不意に自分はもう生きてはいないんだなと思わされるんだ。十分に分かっている筈なのにな』
「ねぇ、」
『なんだ?』
「の言う通り、貴方はもう生きてはいないのかもしれない。でも、は今此処に存在する。そのことは誰よりも私が知っているから。だから、にだって未来はあるよ」
微かに透けて向こう側が見えている自分の手を見詰めているの横顔を見ていたら、居ても立ってもいられなくて。少しでも彼の心が軽くなるようにと、必死に私の想いを彼に伝えた。彼が私に笑顔をくれたのだから、私も彼に笑顔をあげたいと思ったから。は少しだけ目を見開いて驚いた顔をしていたが、その後、ふわりと穏やかな笑顔を見せてくれた。そして、実際に触れているわけではないけど、彼の手が私の頭を撫でるような動作をする。言葉は無かったけど、私の言いたいことはちゃんとに伝わったようだった。
そして現在。
一日の準備期間を経て、私は病院へと向かっているというわけだった。
「重い。腕痛くはならないけど、重い」
『痛くならないなら平気だろう。日頃の訓練の賜物だな』
「訓練とかしてないから、誤解を生むような発言しないで」
『ほら、前見ろ。着いたぞ』
が示した先には確かに目的地である病院が見えた。まだ夏にはなっていないが、重い荷物を持って長距離を歩いてきたので、汗でべとべとする。一刻も早く建物の中に入るべく、私はラストスパートをかける。
『後少しだから、頑張れ』
「応援するくらいなら、手伝ってくれれば良いのに……」
『残念ながら俺は頭脳労働が専門だったからな、肉体労働は向かないんだ』
「それでも女より男の方が体力あるって!!」
との会話によって無駄に体力を消費しながらも、漸く病院へと辿り着いた。お見舞いに来たのに、病院に受診をしに来たかのように見えるくらいには疲れている。無駄口を叩かないで歩いてきたら、もう少し元気な状態だったのではないかと思ったのも仕方ない。
「ふっ、これでこの重たいプリントともおさらば出来る!!」
『まだ病室には着いてないがな』
ささやかな喜びに浸っていたら水を差された。恨めしそうな目でを見るが、素知らぬ顔をされる。に何を言ったところで、口では勝てないことは経験済みだ。だからリヒルのことは放っておいて受付で武藤くんの病室を尋ねると、302号室の大部屋だと言われた。私は、最後の一踏ん張りをすべく、床に置いていた紙袋を再び手に持って三階へと向かう。流石に階段は上る気力は無かったので、エレベーターを使って。頭の中では何と言って部屋へと入るかについて様々な台本を思い描きながら。