2.病院では静粛に
「此処……か」

エレベーターから降りて、部屋番号を確認しながら廊下を進む。 そして漸く、目当てである302号室へと到着した。プリントという口実があるにしても、やはり緊張はする。 先程エレベーターの中で考えてきた台本を頭の中で反芻し、気持ちを落ち着かせる。 いつまでも扉の前に立っているわけにもいかないし。

「お邪魔します」

ノックをするべきだろうと思ったが、生憎と両手が塞がっているので不可能だったので、声を掛けることでその代わりとする。
その言葉と同時に、覚悟を決めて扉を開いた。

「え、さん??」

当然ながら、武藤くんはとても驚いていて、頭に疑問符を浮かべていた。 病室を見渡すと、武藤くんと愉快な仲間達が勢揃いしている。 其処には、この間は居なかった『彼』も居た。

「こんにちは、武藤くん。怪我の調子はどう?」
「え、うん、もう大体回復したし、明日には退院出来るけど……」

どうしてさんが此処に?
そんな考えが伝わってくるようだった。 まぁ、普段あまり話さないようなクラスメイトが見舞いにくればそうなりますよね。 予想通りなので事前に考えておいた台詞を喋る。

「職員室に行ったら、先生にプリント頼まれちゃって。真崎さん達が持って行ってくれてれば良かったのに……」
「ごめん、すっかり忘れてた!!」
「大したこと無かったからいいよ。そんなわけで、突然来てごめんね」
「ううん、わざわざありがとう」

重たいので持ち上げることが出来ないので紙袋を指で示しながら説明する。 武藤くんの反応を見る限り、驚いてはいるが迷惑がられても引かれてもいないみたいだった。 これは、もしかしたら口実なんて必要なかったかもしれない。 いや、口実無しじゃ私が来る気にならなかっただろうけど。

「実はプリントなんて口実なんじゃねぇの、?」

そうやって安堵していると、不意に図星を差された。 気付かれた? いやでも、のことは知らない筈だし。 単なる勘? 野生の勘とかそういうの? 確かに、城之内くんなら持っててもおかしくはないけど。 って、今はそういうこと考えてる場合じゃなくて。

「城之内くん……突然何を言い出すのかな? 口実って何で?」
「だってよぉ、この間、遊戯が居ないと……」
「あ――――了! 久しぶりだね了!!」

城之内くんの発言を見事なまでに遮って、壁際に立っていた獏良了へと話し掛ける。 公言はしていないので、この場に知っている人間は居ないと思うが、何を隠そう私とこの獏良了は幼馴染だ。 私が小学校の途中で転校して以来、長らく会って居なかったので幼馴染とは言えないかもしれないが、幼年期を共に過ごしたのは事実である。 立っている者は親でも使え。という格言があるように、この危機を乗り切る為なら幼馴染だって利用させて貰おうじゃないか。 後でシュークリーム請求されそうだけど背に腹は代えられない。 しかし、不思議そうに私を見つめた後、了から出てきた言葉は

「えと、僕、さんと前に会ったことあった?」

だった。 忘れていたよ。 私の幼馴染は天然電波くんだったんだ。

「少し、ほんの少しだけ予想はしていたけどね……でも、まさか幼馴染を忘れるなんて、そんな酷いことはしないと淡い期待を抱いていたのに……っ!!」
「幼馴染っ!!?」

ソプラノからテノールまでの見事な合唱。 了を除いた全員が驚いたように声を上げた。 むしろこのことを聞いて驚かない人が居る方が怖いので、これが自然な反応ではあるが。
「そうだよ、私と了は幼馴染。といっても、私が引っ越したから一緒だったのは小学校の途中までだけど。うちの学校でこのこと知ってる人、多分居ないんじゃないかな?」

了にも忘れられてるくらいだからねー、と付け加えることも忘れない。 知られていたら、私は了のファンクラブの子達にとっくの昔にフルボッコにされていただろう。 放課後の呼び出しとか凄く嫌だ、考えたくもない。

「やだなぁ、ちゃんと覚えてたよ。ちょっと忘れたふりをして、の反応を楽しもうと思っただけだよ」

いや、コイツは絶対に忘れてた。 しかも反応を楽しむって、さらりと腹黒発言してるし。

、誰が腹黒だって?」
「いえいえ、そんなこと思ってないですよ」

読んだのか!? 読んじゃいましたか!? 十年経っても相変わらず、私の幼馴染様は恐ろしいです。 こんな了が千年リングに宿る邪悪な意思とやらに、屈服するとは到底思えない。 むしろ良いように使って家事とかやらせているに違いない。


と獏良が幼馴染だったのは驚いたけどよぉ、それでさっきの話誤魔化せたとか思ってないよな?」
「そういえば、城之内が『口実』とか何か言ってたな」
「っち……忘れてなかったか」
、素が出てるよ?」

城之内くんなら絶対誤魔化せると思ったのになぁ。 うっかり口が悪くなって、しかも横から了に何か言われたとかそんなことは気にしない。 もしかしたら、とは全然関係が無いことかもしれないけど、黙っていて貰うのが一番の安全策だし。

「城之内くん、何を言おうとしているかは予想が付いてるから、出来ればそのことはもう心の奥底に仕舞い込んで、むしろ綺麗さっぱり忘れて欲しいんですが」
「なんでだよ?」
「だってやっぱり知られたくないというか……だから全力で忘れてくれないかな?」
「全力で忘れるってそんな無茶言うな」

当たり前のことを城之内くんに言われてしまう。 忘れるっていうのは言葉の綾だけど、どうにか彼の口を塞ぐことは出来ないのかな。 私が言ったところで埒が明かないと思い、一番話が通じそうな真崎さんに仲介役をお願いすることにする。

「真崎さん。私の代わりに城之内くんを説得してくれないかな?」
「そんなに隠したいことなの?」
「うん。土下座でもする勢いで、隠したいね」

間髪入れずに即答します。 横で了が「じゃあ土下座しなよ」とか言ってたけど、相手してる余裕はない。 そんな私の様子を見て真崎さんは苦笑していたが、仕方ないな、という風に頷いてくれた。

「分かった。城之内には交渉してあげる。代わりに、一つ条件を聞いてくれる?」
「交換条件ってこと?」
「そう。だって一方的に、さんのお願いを聞いてあげるのは不公平じゃない?」
「それもそうだな」

正論だ。 確かに城之内くんの発言を封じて貰うだけでは、私だけが得をしていることになる。 私のお願いだけ聞いてもらうのは公平じゃない。

「分かった。それで、私は何をすれば良いのかな?」
「簡単なことよ。名前で呼んで欲しいな」
「……名前?」

真崎さんの口から出たお願いは、なに頼まれるのかなーお金が掛かることはちょっと嫌だけどそれ以外なら……と色々考えていた私には、拍子抜けのものだった。 名前で呼ぶなんて、そう難しいことじゃない。 しかし、何故に名前……?

「そんなことで良いの?」
「そんなこと、じゃないって。いつまでも『さん』付けなんて堅苦しいし、ほら、名前で呼んでくれたら友達みたいじゃない?」
「『みたい』ってことは友達ではない、と……」
「違う違う。言い方が悪かったね、その方が『友達』って感じがするでしょ? 私、さんと友達になりたいし」

だって、さん凄く面白いんだもん。 果たしてそれは褒め言葉なんだろうか。という疑問が浮かんだが、真崎さんはとても楽しそうなのできっと褒め言葉なんだと思う。 考えてみたら此処に居る人達は皆面白い人ばかりだから、もしかしたら『面白い人』というのが友達の条件なのかもしれない。 いや、冗談だけど。類友って奴なんだろうな、きっと。

「あ、当然私だけじゃなくて、城之内達も『くん』付け禁止ね。アンタ達も、それで良いよね?」
「あぁ、いいぜ!」
「オレも賛成だ」

城之内くんと本田くんも承諾したところで、交換条件は成立。 話の内容を忘れる代わりに、私は彼達を名前で呼ぶ。 それでもやはり、私だけが得しただけのような気もするが、彼達は気にしていないのでこれで良いのだろう。

「真崎さ……じゃなくて、杏子は良いとして、二人は何て呼べば良いかな?」
「城之内と本田で良いわよ。ね」
「じゃあ、城之内と本田で」

流石に男子を名前で呼び捨てにすることには少しだけ抵抗がある。 そう思って、杏子に聞くと、本人達の確認を取る間もなくスパッと言い切った。 二人からの反論も無いことだし、杏子のように苗字を呼び捨てにすることにした。 しかし、突然呼び方を変えると違和感がある。 慣れるのに時間掛かりそうだなぁ。 そんなことを考えていると、ほんの少しだけ蚊帳の外に置かれていた彼が口を開いた。

「あの、出来ればボクのことも名前で呼んで欲しいなって」
「だよな。遊戯は俺達の友達だし、ということはの友達でもある」
「友達の友達は友達って奴だな!」
「これだと、ボクの一方的なお願いになっちゃうけど、良いかな?」

人類皆友達という方程式が成立していまいそうな本田の発言に城之内が賛同する。 当事者である武藤くんは、彼達の発言に反して、申し訳なさそうにお願いをしていた。 いやいや、武藤くんのお願いを断れるわけないじゃない! こんなにマイナスイオンを発している子のお願いを断ったら、天罰が下ると言っても過言じゃない。 私の中に断るなんていう選択肢は存在しなかった。

「それじゃあ、皆と同じように遊戯って呼ばせて貰うね」
「うん、ありがとう、さん」

私が彼を名前で呼んだのに対し、遊戯は私のことを苗字呼びだった。 遊戯は幼馴染の杏子くらいしか女子のこと名前で呼ばない、癖みたいだから仕方無いか。 にしても遊戯の笑顔はやはり癒される、抱き締めたい。 等という不穏なことは心の中で考えるだけで実行はしない。 それよりも、今はすべきことがあった。

「改まって言うのも何だか恥ずかしいけど、これから宜しくね!!」

友達が増えるというのは嬉しく、私は満面の笑みで皆に挨拶をする。 これで晴れて私も、武藤くんと愉快な仲間達、改め、遊戯と愉快な仲間達の一員となったわけだ。

「良かったね、友達できて」
「何かその言い方だと、私が友達居ない子みたいに聞こえるから止めて、了」
「え、違ったの??」
「違うからね!? 本当に不思議そうに言わないで!?」

態となのか、天然なのか。了は分かりにくい。 そこが怖いところだ。



一段落着いたところで、遊戯のベットの上にM&Wのカードが散らばっていることに初めて気が付いた。 デッキの調整でもしてたのかな。 あ、ブラック・マジシャンがある。

「そっか、遊戯はデュエリストキングダムの優勝者だったね」
さんも、M&Wやるの?」
「うん、大会とかにはそんなに出てないけど」
「へぇ、こんなに身近に仲間が居たとは驚きだぜ」
「そういえば、海馬くんも決闘者だよね?」
「…………」

あれ、何この沈黙。 もしかして、私は何かまずいこと言ってしまったのでしょうか?

「えと、良く分からないけど、ごめん」
「ううん、さんが悪いわけじゃないから、気にしないで」
は空気読めない子だね〜」
「了にだけは言われたくない。でも、今回だけは反論出来ない」

遊戯はそう言ってくれたけど、やはり申し訳ない。 今の発言で場の空気が沈んでしまったのは事実だから。 この面子に海馬くんのことは禁句みたい。 心のノートにメモしておこう。 しかし、事実として会話は途切れてしまい、沈黙が場を支配していた。 どうにかして元の雰囲気に戻したいが、こういう事態に慣れていないのでどうしたら良いのか分からない。

「あぁ、もう、暗くなってんじゃねぇよ!! なぁ、デュエルしようぜ! デュエリストキングダム準優勝の、この城之内克也が相手だ!!」
「……良いよ。手加減なしでね!」

私が悩んでいると、沈んだ空気を払拭するかの如く城之内が叫んでくれた。 それが皆を、引いては私のことを思っての行動だったので、それに便乗させて貰うことにする。 城之内はいつだって皆ことを思い遣って行動をしていて、本当に友達想いなのだなとこういう時に思う。 私も彼を見習ってこれから頑張ろう。 そんなことを考えながらデッキを取り出す為に鞄を開け、私は固まった。

「どうしたの、?」

鞄を開けた状態で動かなくなった私に杏子が心配そうに声を掛けてきてくれた。

「……非常に言いにくいんだけど」
「うん、何?」
「デッキ……家に置いてきたみたい」

「置いてきた」わけであって「忘れてきた」わけじゃない、なんてのは言い訳に過ぎない。 当然だけど、皆呆れた顔をしていた。了だけは笑ってるけど。 私だって自分の間抜けさ加減に嫌気が差した。 何故、こういう時に限ってこういうことをしてしまうのか。

さんって、意外と抜けてるんだね……」
「私もちょっと意外だったな。クラスでのって、しっかりしてるイメージだったから」
「全然しっかりしてないよ。学校だとそうでも無いんだけど、家ではいつもこんな感じ」
「昔から地味におっちょこちょいだよね」
「でも抜けてても良いと思うぞ」
「本田の言う通りだな、今までのより、ずっと親近感湧くしよ。ま、デュエルはまた今度してくれりゃいいし、そう気にすんな」
「ありがとう」

思わずそのまま床に蹲っていじけようかと思っていたら、沈黙を破って遊戯が声を掛けてくれた。 それを皮切りに皆も慰めてくれる。 だから、城之内から「気にするな」と言われた時に、素直に感謝の言葉を述べることが出来た。

「そこの坊や」
「ボク……!?」
「いや……どーでもよいことなんじゃが、その首から下げたペンダント。この新聞の広告の首飾りと、とても良く似ておるじゃろ」

不意に隣のベットのお爺さんが話し掛けてきて、手に持っていた新聞を見せてくる。 そこには、千年アイテムを付けた女性の写真が載っていた。

「遊戯くん! これはもしかしたら……」

そのままの調子で了と遊戯は千年アイテムについて話し出してしまった。 君達はもう少し、人目を憚る、ということを覚えた方が良いと思うんだ。うん。 とりあえず、聞こえなったことにしておくのが正しい対処方だろうと判断し、病室を見渡したりして時間を潰す。 二人はいつか時が来たら、私に感謝すると良い。

「古代エジプト展、もう始まってたんだ。行かなきゃなぁ……」
「そういえば、は小学校の頃からエジプト好きだったね」

遊戯との話が終了したのか、了が相槌を打ってくる。 話終わるの早いな。千年アイテムの話ってそんなにあっさり終わるものだっけ? そうは思っても、知らないことになっているから直接聞くことは出来ない。 だから、そのことには触れずにエジプト展の話を続ける。

「今日これから行こうかな……」
「あ、じゃあ僕も一緒に行っていい?」
「駄目」
「え〜なんでぇ?」
「私、博物館や美術館は一人で回る主義なの。いくら了でも、これだけは譲れない」

だって一つの展示を満足いくまでじっくり見たいし。 誰かと一緒だとその人に気を使わなくてはいけないので、思うように見れなくなる。 せっかくお金を払って入るのだから、心行くまで見たいと思うのは普通のことだろう。

「というわけで、私は今から童実野美術館に行くので、今日はもう帰るね」
「随分と唐突だな」
「思い立ったが吉日って言うでしょ」
「いや、まぁそうだけどよ」
「行動力があるってことで、ね」

正直言うと、了がむくれている内に消えたいんです。 ブラックになると手が付けられないから、というか本気で怖いから。 邪神なんかも裸足で逃げ出すと思うんだ、あれは。

「じゃあ遊戯、お大事にね。学校で会えるの、楽しみにしてるよ」
「今日はわざわざ来てくれてありがとう。またね」

扉を開けたところで、手を振ってきた遊戯に振り返す。 ついでに、かなり騒がしくしてしまって迷惑を掛けただろうと思って、同じ病室の人達ぺこりと頭を下げておく。


「……もう一人の君にもよろしく」


最後にそう告げて、私は病室を後にした。