3.その出会いは必然
遊戯の病室を出て、白さの際立つ病院の廊下を歩く。
直ぐ隣に現れたが不機嫌そうな顔をしているのが眼に入ったが、敢えて見なかったふりをした。
言いたいことは分かっている、どうせ説教だろう。
『最後の一言は余計だ。何故言った?』
こちらは知らぬ振りで通そうとしているが、気にせず喋ることにしたらしい。
声帯機関を通して発声されたものではなく脳に直接聞こえる声である為、耳を塞ぐという行為が出来ないことを分かっているからか。
何らかの回路が繋がっているのだろうが、こちらからはシャットダウンが出来ないというのは不便な話である。
向こうからシャットダウンが出来るというのに、不公平だ。
『あれではお前が千年アイテムの関係者だと教えるようなものだ』
<知らせようとしたんだもん、友達に隠し事は良くないから。それとなく王様を知っていることをアピールしようと思って>
『その考えは良いと思うが、場所を選べ。よりにもよって千年リングの保持者の前で言うな、アイツが聞いていたらどうするつもりだ』
<と言えども、了の悪口は言って欲しくないなぁ>
『彼』に知られても良いと思ってやった等とは口が裂けても言えない雰囲気だった。
は『彼』のことを酷く嫌っている。
その理由を聞いたことは無いが、そこには複雑な事情があるのだろうと思っている。
が其処まで言う相手とはどんな人物なのか、少し興味があった。
先程の発言は、ある意味では『彼』を釣る為の餌であったとも言える。
「待って、」
「……了?」
後ろから名前を呼ばれて振り向くと、今し方話題に出ていた人物が居た。
いや、違う。
あれは獏良了ではない。
私の本能がそう告げていた。
「了じゃないよね。千年リングに宿る意思……バクラくんだっけ?」
「ほぉ、よくオレ様だと気付いたな」
「だって……了の髪はうさみみじゃないから」
「うさみみって言うんじゃねぇっ!!!」
周囲の人が何事か、という眼で見てくる。
当然だ、本来静かであるべき病院であんな大声を上げたのだから。
私にはうさみみにしか見えないのだから仕方ない、事実を述べただけだ。
本人に言うと、また怒鳴られそうなので言わないけれど。
気付いたらはまた消えている。
実体を持たないは他者に視認されることは無いが、相手が千年アイテムの保持者であるから警戒したのだろうか。
それとも、相手が彼だからか。
私としては目論見通りに事が進み、見事バクラくんとの対面を果たして満足していたりする。
彼は案外単純らしい。
「病院で大声出しちゃ駄目だよ、迷惑になる。それに、君もあまり注目を集めたくないでしょ」
「うるせぇ、それくらい言われなくても分かってる」
「それで、バクラくんは私に何の用かな?」
「本題の前に、その『バクラくん』ってのを止めろ。てめぇに『バクラくん』なんて呼ばれると、寒気が走るぜ」
「じゃあ何て呼べば良いの? バクラ?」
「はっ、てめぇにはそれがお似合いだ」
初対面の人間相手に呼び捨ては失礼だろうと思っていたら、本人から駄目出しをされた。
それに今のバクラの口振りだと、私と彼は知り合いであるかのように聞こえた。
今日初めて会った。それに間違いは無い筈だ。
それなら、いつ会ったというのか。
考えられるのは『今』じゃなくて、もっと前に
「で、。お前、千年アイテムに関してどこまで知ってやがる」
何かを思い出し掛けた思考は、その声で戻ってきた。
霧散した思考を後で思い出すことは無いだろうことはこれまでの経験で分かっている。
それでも、今は眼の前の人物に集中すべきだろう。
核心を突いたその質問をどのようにかわそうか。
「見たところ、千年アイテムは持ってねぇみたいだな」
「いや、服の下とかにあるかもしれない……よ?」
説得力の無いことを言ってみる。
本当にその場凌ぎでしか無い発言だった。
この状況は非常にまずい。
何故かと言うと、私と千年アイテムについて話すにはのことを話さないわけにはいかないからである。
けれど、はバクラを意図的に避け、存在を知られないようにしている。
嫌ってるとかそういうことではなく、もっと別の理由がありそうだった。
だからこそ、私が勝手に話すわけにはいかなかった。
「おい、黙ってたってどうにもならないぜ。話さないなら、それもそれで構わないけどよ。無理矢理言わせるだけだしなぁ」
まぁそれはそれで面白そうだがな、と言って見せたバクラの笑顔は嗜虐心に満ちていた。
あれは弱いもの虐めをするのに慣れている者の笑顔だ。
私はMじゃないので、出来ればそういう展開はご遠慮願いたい。
「とは言っても、ある程度の予想は付いちゃいるけどな。お前に千年アイテムについて吹き込んだ誰かが居る。オレはソイツが知りてぇ」
思いっきりバレていた。
ストレートど真ん中でのことだよ、それ。
誰だかは分からないが、私のような見るからに一般人が個人的に千年アイテムについて知る機会がある筈が無いということか。
エジプト好き舐めんなよ! いつか私だって自力で千年アイテムに辿り着いたかもしれないじゃない!
そんな主張をしたところで、と出会ってしまったのは過去の確定事項なのだから、それこそありもしない未来の話なのだけれど。
とにかく、これ以上バクラと会話するのは危ないということが分かった、色んな意味で。
は出てくる気配も、助言を与えてくれるつもりも無いらしい。
自業自得ってことか、それとも彼の前で例え少しであっても表に出てくることは避けたいからか。
自力で脱出しなければならないということか。
それならば、私に出来ることは一つ。
逃げるが勝ちだ!
「ごめんバクラ私今から古代エジプト展に行くっていう崇高な使命があるからまた今度どうせ了のとこにシュークリーム持ってかなきゃいけないと思うし続きはその時ってことで。グッバイっ!!」
ノンブレスで一気に言うと、走り出した。
格好良く言ったところで、結局私に出来ることなんてその程度のことである。
三十六計逃げるに如かず。
やはり昔の人の言葉は偉大である。
「……はぁ!? おい、ちょっと、待ちやがれ!」
一瞬フリーズしたこともあってか、バクラが反応した時には既に私は病院を出るところだった。
スタートダッシュには自信があるんです。
むしろそれしか自信は無いです。
体力が無いので時期に力尽きて立ち止まることになるだろう。
バクラが追い掛けて来ないことを祈りつつ、私はひたすら走った。
だから、追い掛けるのも面倒になってその場に止まったバクラの呟きを私は知らない。
「ったく、調子狂うぜ。なんでアイツが此処に居やがるんだ。しかも宿主の幼馴染だと? 神とやらの仕業だとしたら、随分と粋なことしてくれるじゃねぇか……」
当然ながら美術館まで全力疾走など出来るわけもなく、バクラが追って来て居ないことを確認した後、徐々にペースを落としていった。
急に歩き始めると、余計疲れるということは学習済みである。
そうしていつものペースで歩き始めた頃になって、が現れた。
『何も出来なくて済まなかった、大丈夫だったか?』
「あの場合は仕方ないって。別に何かされたわけじゃないし、平気だよ」
『だが、あれ程早く出てくるとは思っていなかった。俺の認識が甘さが招いた事態だ』
「そのことはもういいって。今度了の家に行くまでに対策考えておこう」
『わざわざあんな奴との約束を守る必要は無い』
「約束は守らなきゃいけないものだって前に言ってたくせに」
『それは相手による。あいつには適用されないということだ』
「屁理屈。それより、尋きたいことがあるんだけど」
ぴたりと歩くのを止めてその場に立ち止まる。
そして、の方を振り向いた。
こちらの真剣な様子を汲み取ったのか、彼もこちらの眼を見ていた。
『……何だ?』
「三千年前に、私と似てる人って居たの?」
先程のバクラとの会話から疑問に思っていたこと。
バクラは私と誰かを重ねていた。
『今』でなになら、考えられるのは『前』だ。
私の前世……あるなら気になる。
バクラと知り合いであったらしいなら、知っている筈だった。
『それは……』
「? ねぇ、居たの? 居なかったの?」
答えるのを渋るに対して、私は珍しく食い下がった。
何故こんなにも気になるのか。
その理由は自分でも分からない。
何かに突き動かされるように、私はそれを知りたいと思っていた。
『に似た者は……居なかった』
「ダウト。私に嘘は通用しないよ」
『……そうだったな』
から返ってきたものが偽りの返答であることを私は即座に見抜いた。
『ダウト』
能力という程のものではない、人の表情から嘘であるか否かが見抜けるというだけだ。
ベテランの刑事さんとかが使えるらしい。
私の場合は、何か気付いたら取得していた。
常軌を逸脱したものでは無いが、それでも、このことを知ると人は離れていく。
人は嘘で塗り固めて生きているから、それを見抜かれるのは都合が悪いのだ。
離れて行かなかったのは了くらいだろう。
「『居なかった』が嘘なら、『居た』ってことだね」
『…………』
「沈黙は肯定と見なすよ。なんで隠そうとしたの?それに、どうして今まで話してくれなかったの?」
『今は、まだ言えない』
「じゃあいつなら話してくれるの?」
その時、折悪くも美術館に到着してしまったので、会話は打ち切りとなった。
私の前世が千年アイテムと関係があるとは思えない。
ならば、それ以外に話せない理由があるということだろう。
それがどんな理由なのか、からちゃんと聞きたかった。しかし、そんな考えすら吹き飛ぶ事態が私を待ち受けていた。
古代エジプト展 明日から開催
「え……嘘でしょ? というか、誰か嘘と言って!」
美術館の入り口に掲示してあった紙に私は目を疑った。
叫んだところで、其処に書かれている文字は変わらない。
『明日から』つまり、今日はまだ開いていないということだ。
分かっているけど叫ばずには居られなかった。
「此処まで来た私の苦労は一体……」
扉の前で思わず崩れ落ちそうになった身体を手を突くことで支える。
了は知ってた。絶対に知ってた。
知っててわざと黙ってたんだ、誘いを断られた腹いせに。
あの腹黒め!!
「どうかされましたか?」
「実は古代エジプト展を見に来たんですけど、此処に来て明日からだと知って……」
そうして了への恨み言を呟きながら美術館の入り口で打ちひしがれていると、背後から声を掛けられた。
答えながら声を掛けた人を振り返ると、新聞に載っていた美人さんが居た。
確かこの人は
「エジプト考古局長官の……」
「イシズ・イシュタールです」
にこりと微笑むその姿は破壊力満点だ。
美人は何をしても美しいというけれど、笑顔は格別だなぁ。
などと考えていると、イシズさんは徐に入り口の鍵を開けようとしていた。
「あの、イシズさん? 何をされているんですか?」
「お嬢さん、名前は何と言うのです?」
「え、あ、ですけど……」
名前を聞かれ、反射で答えてしまった。
って、知らない人に簡単に名前教えちゃ駄目じゃないか自分。
そしてこちらの質問は華麗にスルーされている。
「では、貴女に特別に入館を許可します。どうぞ」
「良いんですか!?」
願ってもない展開だ。
責任者だから問題無いのかもしれないが、一般人をこうも容易く入れてしまっても良いのだろうか?
もしも私が悪人だったらどうするのだろう。
いや、別に私が何かを盗もうとか考えているわけではないが。
「えぇ、せっかく来て下さったんですから。ただし、2時間だけとなってしまいますが、構いませんか?」
「はい、見終わらなかったら、やっぱり明日もう一度来ますから」
「ふふ、そうなったら無料招待券を差し上げましょう」
至れり尽くせり過ぎるっ!!
地獄で仏とはこのことだろう。
この場合は仏というよりも、女神だろうか?
「何から何まで、有り難う御座います。いずれ必ずお礼をさせて下さい!」
「では……私の弟のことをお願いします」
「弟さん、ですか?」
イシズさんの弟さんと私に一体何の関係があるというのか。
全く想像が付かなくて、頭に疑問符を浮かべてしまう。
けれども、イシズさんはそれ以上の説明をするつもりは無いらしく、そんな私の様子をじっと見守るだけだった。
「いずれ分かる時が来ます。それでは、私はこれで。貴女が決闘者である限り……またお会いするでしょう」
「流石はエジプト美人……神秘的だ」
そうして謎めいた言葉を残して、イシズさんは立ち去ってしまった。
残されたのは、美術館の入り口に立ち尽くす私だけだった。
最初から最後まで、イシズさんの美人っぷりにやられていた私は忘れていた。
彼女もまた、千年アイテムの保持者であったことを。
そして、彼女の言葉を数日後に理解することになるとは、
古代エジプト展を貸切状態で見れる嬉しさで、この時の私はそんなこと微塵も思っていなかった。