4.決闘者達のさざめく夜
イシズさんの言葉に甘えて古代エジプト展を二時間きっかり満喫した後、私は家へと戻ってきていた。
二時間で一通り全ての展示物を見て回ることが出来たが、ちゃっかりと無料招待券も貰ってきている。
現地から滅多に持ち出されないものも、今回は来ているようなのでもう一度見ておきたかったのだ。
勿論自腹を切って行くだけの価値は十分にあるのだが、貰えるものは貰っておこう精神である。
「ん〜今日は楽しかった!了と久しぶりに話せたし、友達もできたし、何より美術館貸切で見れたし!!」
『明らかに一番最後の比重が大きいぞ』
「カノポス箱の側面の壁画は凄かったなぁ、あんなに色鮮やかな保存状態のものって滅多に見れないし。ピラミッドの中っていう特殊な環境下にだからかな。それに石版に刻まれた文字。神聖文字や民用文字は既に解読されてるわけだから、そこから推測すれば、神官文字もそう遠くない内に解読される。そうすれば、古代エジプトに関する記録の全てを読むことが可能になるわけだし、更なる歴史の解明に繋がる。ロマンだねぇー」
貸切で美術館を見て回れることなんて今までしたことが無かったから、誰に邪魔されることもなく展示物を見れる時間はとても幸せだった。
けれども、美術館、博物館でガラス越しに眺めるのではなく、やはり現地で見たいという願望も同時に膨らむ。
ピラミディオンは小さいから移動可能だけれど、ピラミッドが日本に来ることはこの先どれだけ待っても有り得ないことだから、エジプトに行かなければ実物を見ることは叶わない。
そして、もし行くのならば時間の拘束があるツアーではなく個人で行きたいけれど、日本人の女子高校生の一人旅など危険が伴う上に、水の心配がある。
『そのうち行けるだろう』
「え? ていうか、今の声に出してた?」
『声に出さずとも、表情からの考えていることなら大体分かる』
「それは顔に出やすいってこと?」
『自覚があるなら直んだな』
遥か遠いエジプトの地に思いを馳せていると、の声で呼び戻される。
珍しい……いつもは私の感想になど付き合ってられない、といった感じで私の気が済むまで放置しているのに。
いつもならば反撃するような発言よりも、今の私にはが声を掛けてきたことの方が不思議であった。
『イシズ……と言ったか』
「あの若さで考古局長官をやってる頭脳明晰で親切なエジプト美人?」
『……そうだ』
の間がとても気になる。
今の表現に何か文句があるというのか。
二十代で長官って物凄く頭良くないと出来ないし、親切だったのも事実だ。
何よりも美人を美人と言って何が悪いというのか。
『似ていたんだ、とても』
「イシズさんがってことだよね。誰に?」
『三千年前、王に仕えていた神官の一人にだ』
「へぇ、そんな偶然もあるんだね」
『なんだ、その反応は』
「なんだって言われても……だって、似てただけでしょ?」
他にどんな反応をしろと。
その神官さんがの恋人とかだったならまだしも。
日本には輪廻転生という考え方があるのだから、前世での知り合いが生まれ変わっていたと言われても驚きはしない。
ましてや三千年前の人物なのだ、転生くらいしているだろう。
『違う。彼女は千年アイテムの所持者だった。そして、今日会ったイシズもそうだ』
「あーそういえば、了と遊戯がそんな話してたね」
『のことだ。貸切で見れたことが嬉しくて、大方今の今まですっかり忘れていたのだろう』
「うん。全く以ってその通り過ぎて、否定の言葉が見当たらないです」
だって、今日会ったイシズさんは千年アイテムを身に着けていなかったし。
生まれて初めての美術館の貸切なのだから、舞い上がってしまうのも仕方ないと思って欲しい。
もその辺りのことは分かっているのか、それ以上の追及はして来なかった。
苦笑いを浮かべる私を見て溜息を吐くと、は話を続けることにしたらしい。
『……まぁいい。良く聞け、。三千年前の神官に良く似た者、千年アイテム、そしてファラオの魂。それらがこの時代に揃ったこと、俺は偶然ではないと思う』
「何が言いたいの?」
『時が満ちた、ということだ。そろそろ動くぞ』
「待って、何か起こるの? ちゃんと説明してよ」
『物語が終息へと向かって動き出す』
全ての事象が還るべき場所へと還る
「え……って、うわ何!?」
物語の終息、全ての事象が還る……それは何かが終わりを迎えるということ。
真剣な顔をしたから眼を逸らせないでいると、ポケットに入れていた携帯のバイブが鳴った。
何やら緊迫した空気に呑まれていたこともあって、無駄に驚いてしまった。
「珍しい、舞さんからだ。メール送ってくるってことは、何かあったのかな」
送信者:孔雀舞
件名:無題
本文:例の情報聞いた?
例の情報? 一体何のことだろうか。
M&W関係のものだろうけれど、舞さんが興味を示す程のことは無かった筈である。
とりあえず、『例の情報って何のことですか? 知らないとまずい感じですだったりします?』と疑問をそのまま送っておく。
こちらが知っていること前提にしていたのだろうが、久しぶりのメールだというのに用件しか伝えてこないところは相変わらずというか。
舞さんらしいとは思うけれど。
返事は2分も置かない内に来た。
送信者:孔雀舞
件名:Re:Re:
本文:知らないの!? 今ネット中が何処もその話題で持ちきりよ。
直ぐに見付かるから、も見なさい!
ネット中……つまり、舞さんだけじゃない、全ての決闘者が興味を示す情報ということか。
かなり小まめにその手の情報はチェックしているが、思い当たる節は無い。
返信を見て、即座に電源を入れたパソコンが起動音を鳴らす。
との話が中断されてしまっているが、M&W関連となると私に何を言っても無駄だと分かっているのだろう。
舞さんとの遣り取りに、一区切りが付くまでは待っていてくれるようだ。
そんなの対応に甘えることにして、私はお気に入りに登録してあるサイトを幾つか開いていく。
「これ……かな?」
パソコンの画面と向き合うこと数分。
決闘者同士の情報交換の場からリンクを次々に飛んで行った結果、調べて始めてから三分も経たない内にその情報へと行き当たった。
曰く
<デュエリスト達よ集え、古のデュエリストとカードの刻印が眠りし町へ>
スクロールをしていくと決闘大会の発表の日時が記されていた。
舞さんが知らせてきたのは十中八九この情報で間違いないだろう。
しかし大会の発表はともかくとして、この意味深な文章はどういうことなのか。
とても残念なことであるが、発信源の予想は付いていたりする。
こんなことをするのは色々な意味で彼くらいなものだろう。
彼がこんな詩的な文章を作れたことが、何よりも驚くべきことであるが。
「町というからには何処かしらの場所を示してるのかな」
『これは間違いなく童実野町のことだろうな』
「え、此処のこと? なんで?」
独り言のつもりであった問に、思い掛けずにから答えが返ってきた。
区切りが付くまで黙っているだろうと思っていたが、どうやら背後から画面を覗き込んでいたらしい。
しかも私にとっては解読不能の文章の意味が分かっているようだった。
ぜひとも解説して欲しい。
『刻印とは、第18王朝の名もなきファラオに関する石版のことだろう。今日行ったエジプト展にあった』
「嘘っ!! 私見た覚えないよ、その石版」
『立入禁止の部屋にあったからな。そもそも見てもいないのだから、が覚えていないのも当然だ』
「へぇ、あそこにあったんだ。せっかくだからその石版も見たかったなぁ、石版なんて愉しいものがあると知ってたら不法侵入でもしたのに……」
『犯罪だな。捕まっても知らないぞ』
「それ位なら犯罪にはならないって。ま、今度イシズさんに会う機会があったら頼んでみようっと」
『二時間も貸切で館内を回った上に、無料招待券まで貰っておきながら、まだ言うのか。図々しいとは思わないのか?』
「純粋な探究心の為せる業だよ。って、あれ? 私行ってないのに、なんでは石版の存在知ってたの?」
は私に取り憑いているわけではない。
私の中に存在する、私とは別のもう一人の存在である。
別の存在とは言っても、この身体に融合しているようなものなのだ。
だから私と離れて行動することは出来ない筈だった。
『あの石版には、良く知る者の思念が強く残っていたからな』
「それって、千年アイテムの場所が分かるのと同じみたいなもの?」
『あぁ、概ねのところは同じだ。千年アイテムは波長を探るが、石版は思念の方が働きかけてくる』
「つまり、受動的か能動的かってことか」
『簡潔に言うと、そういうことになるな』
ふむ、の能力は奥が深い。
私も全てを知っているわけではないが、聞いた限りによるとかなり特殊な能力であるように思う。
本人は、これは能力ではなくて感覚だ、と言っているが。
「ちなみに、その石版って具体的に何が記されてたの?」
『1枚は魔物を封印する石版について。もう1枚は……そうだな、ある神官からファラオへの友情を伝えるものだ』
「王と神官なのに忠誠じゃなく友情なんだ。流石王様って感じだね」
『あの方は、立場上口に出せずとも心から信頼した者には友愛の情を抱いていたからな。そういえば、その神官の現世での姿が、海馬瀬人だったな』
「は? 海馬くんっ!?」
『ん……言ってなかったか?』
「聞いてない!!」
そんな可愛らしく小首を傾げられても、聞いてなかったものは聞いてない。
の年齢は知らないが、外見的にどう見ても私より5歳は年上であるのは確かである。
にも関わらず、どうしてそんな仕草が似合ってしまうのか。
外見が良いからですね、分かります。
『そうか。とにかく海馬瀬人の前世は、三千年前の千年アイテムの所持者だ。覚えておけば、今後役に立つこともあるだろう』
「いやいや、素直に自分の過ちを認めようよ。誤魔化すの良くない!」
『それと、当然のことだが海馬瀬人に前世の記憶は無い。千年アイテムを介していないからな』
私の突っ込みを見事にスルーして、は話を進める。
は頭脳派は自称していることもあり、自分の間違いを認めたくは無いのだろう。
先程と矛盾しているが、大人気ないと思う。
加えて、海馬くんの王様への態度は愛情の裏返しならぬ友情の裏返しかと期待していたのだが、どうやら違ったらしい。
《スクープ! 海馬瀬人はツンデレだった!?》という見出しで広めてやろうかと思っていたので、非常に残念だ。
『千年アイテム、特に前世自らが所持していたものに接触したならば、記憶が戻る可能性もあるが』
戻ったところで過去と今は違う。
同じに近い存在であっても、それは決して同じではない。
大した意味は無いだろう。
それは海馬くんに関してではなく、王様に関しての発言だったのかもしれない。
王を見届ける為に、此処に居る。
全ての記憶を失っている王を、どんな想いで見ているのだろうか。
けれども、の表情からは戻って欲しいのか戻って欲しくないのかは分からなかった。
『これについてはまた話す機会があるだろう。それより、。孔雀舞に連絡しなくて良いのか?』
「やばっ、そうだった!」
受信BOXを確認すると、舞さんの先程のメールから既に十五分が経過していた。
情報を見付けるのに大して時間は掛からなかったが、と話し込んでしまっていたらしい。
舞さんが痺れを切らしていないことを祈りつつ、素早く返信を作成する。
宛先:孔雀舞
件名:Re:
本文:見付かりました!
場所は童実野町みたいですけど、舞さんは来るんですか?
大規模な決闘大会の発表とあれば舞さんが来ないわけがない。
分かってはいるが、念の為に確認をしておきたかったのだ。
事前に来ると分かっていれば待ち合わせ等をすることも可能である。
『はどうするつもりだ?』
「最近大会にも参加してなかったから、参加したい気はあるけど」
『悩むくらいならば、参加すれば良いだろう』
「とりあえず大会の発表には行く。大会の内容を聞いて、参加はそれから決めるよ」
そうは言っても、発表は遠くから眺めるつもりである。
どうせ彼のことだから派手にやることは眼に見えているのだ。
遠くからでも問題なく見えるだろう。
だって大勢の決闘者達に混じりたくない、人混み好きじゃないし。
丁度舞さんから『勿論行くわよ、は?』と返ってきたので、との会話のままに返信をしておく。
そして、ついでなのでもう一人、メールをしておくことにした。
『忙しいだろうけど、もし暇ができたら連絡を入れて欲しい』と。
大会が始まるまでに一度話がしたいのだけれど。
直接会うのは無理でも、電話くらいなら何とかならないかと期待してのメールだった。
なるべく彼に迷惑を掛けたくは無いので、返信は気長に待つつもりである。
「しっかし、大会があるなら今日、城之内との決闘を逃したのは勿体無かったかも……」
『デッキを忘れたお前が悪いんだろう』
「はいはい、自業自得ですよ」
帰宅して真っ先に確認をしたら、デッキは机の上に放置されていた。
如何にも『朝急いでいたので、鞄に入れ忘れました!』といった状態で。
思えば小学校の頃から、忘れ物のところの成績評価はいつも『もっとがんばりましょう』であった気がする。
真面目な話、ふざけてばかりもいられない。
には軽く応えたが、デッキは最近新しく編成し直したばかりなのだ。
まだ参加するかは決めていないが、誰とも決闘せずにこのまま大会に参加するような事態は出来れば避けたかった。
「大会までに誰かと一回決闘しておきたいなぁ」
恐らくが考えているのと同様のことを、この夜、他の多くの決闘者も考えていただろう。
決闘者達の熱い想いとは逆に、静かに夜は更けていく――――