6.拉致=呼び出しには慣れました
大会発表の翌日。
前日が日曜日だったので、当然今日は月曜日である。
学生の宿命として学校へと登校した私は遊戯達と屋上に集まっていた。
「バトル・シティ!! ってことはつまり、この町で全国の決闘者共が派手に闘り合うってわけかよ!」
「大会発表にはかなりの強豪が揃ってたんだ。あそこに居た人達は、きっと全員参加するだろうね」
「海馬のヤロ〜決闘者王国No.2の俺に教えねーとは、どういうことだ! 許せね〜」
「いやでも、私達だって海馬くんから教えてもらったわけじゃないしさ」
昨日の大会発表に乗り遅れたことで、城之内は海馬くんに対し理不尽な怒りを覚えているらしい。
確かに発表したのは海馬くんだけど、情報を掴めなかったのは自己責任じゃないかと私は思う。
M&Wの情報を定期的に調べていれば分かったことだろうし。
しかし城之内の家にはパソコンは無さそうだから、それも仕方ないのかもしれない。
「おい、城之内、お前まさか参加するつもりじゃ……」
「当ったり前だろ! 遊戯、、お前らも参加するだろ?」
「もちろんだよ!」
「私も参加するつもり。でも、今回の大会ではアンティがあるから。ね、遊戯」
「うん、そうだね、絶対に負けられないよ」
「アンティ? なんだそりゃ?」
「賭けカードのことだよ。プレイヤーは互いにカードを賭け合ってゲームをするんだ」
そして敗者は自らにとって大切なカードを差し出さなくてはいけない。
正直に言って、私もアンティルールは好きではない。
自分のカードを渡すのも嫌だけれども、人のカードを取るのも嫌だからだ。
所詮カードなんて只の紙、また買い直せば良い。という考えの人も居るかもしれない。
けれども、私にとってはどのカードも掛け替えのないものだった。
共に闘っていこうと決めたカードなのだから。
海馬くんだって青眼の白龍のカードはとても大切な筈なのに、どうしてアンティルールなんてものを採用したのだろうか。
もしかしたら、彼は自分が負けることを想定していないのかもしれない。
私が考え込んでいる間に城之内に対するアンティの説明が終わったのか、次の説明に遊戯は進んでいた。
「あ、そうだ。大会に参加するにはもう一つ必要なものがあるんだ」
「え、なんだ?」
「決闘盤! 海馬くんが開発した新しいバーチャル・カード・バトル・マシーンだ」
「あぁいうのを開発出来るのを見ると、海馬くんってやっぱ頭良いんだって思うよね」
「っ! 海馬のヤローなんか褒めんなよ!」
即座に私の発言に反応した城之内に噛み付かれた。
モンスターのソリッドビジョン化に加えて、持ち運び可能なレベルまでの軽量化に成功させたのは並の頭脳では無い。
間違ったことは言ってないと思うが、城之内はそれを認めたくないのだろう。
「アンタ良い加減に海馬くんのことに一々突っ掛かるの止めなさいよ。ほら、が困ってるじゃない」
「私は別に平気だよ、ありがと杏子。でも、城之内」
「なんだよ?」
「海馬くんのことに限るつもりはないけど、あんまり盲目的になってると大事なことまで見落としちゃうから。程々にね」
「……おう」
一応忠告のつもりだったが、城之内は素直に聞き入れてくれたので少し安心した。
感情に左右されている人間は、視界が酷く狭くなる。
それが捨て難いものであっても、時には全ての先入観を捨てる必要があるということだ。
そうしなければ、見えてこないものもある。
人に偉そうなこと言える程、私も悟っているわけではないけれども。
「決闘盤はボクン家じゃ扱ってないんだけど、カード専門店なら置いてあるらしいんだ」
「おっしゃ! じゃあ放課後にソイツを手に入れに行こうぜ!」
「ごめん、盛り上がってるところに水を差すようで悪いんだけど、私パス」
「さん、何か用事があるの?」
「うん、了の家に行こうかと思ってて。とういわけで、今日行くからよろしく」
少し離れたところに立って、空を見上げていた了に振り返って言う。
了は大会に参加するつもりは無いから、離れたところで皆の会話を聞いていたのだろう。
もしくは全く聞いていなかったか。
了の場合は後者の可能性が非常に高い。
「分かったよ。勿論シュークリームは持ってきてくれるんだよね?」
「当たり前でしょ、ちゃんと家に用意してあるから」
「楽しみにしてるね、シュークリーム」
本当にシュークリームのことしか頭にないよ、この人。
家に行くと言ってるのだから、普通はもっと他に言うことあるんじゃないのかと思う。
あ、了は普通じゃなかったか。
「へぇ、獏良の言う通りになっちまったぜ」
「流石に突然押し掛けるってことは無かったけどな」
「でもシュークリームのことまで予測してたし。凄いね、獏良くん」
「ふふ、だから言ったでしょ、『僕との仲』だって」
私が了の過剰なまでの――敢えて異常とは言わない――シュークリーム好きっぷりに呆れていると、男子組が訳の分からない話を始めている。
とりあえず、手先が器用という以外で了に感心するとか間違ってるよ、と言ってあげたい。
「杏子……何の話してるか分かる?」
「さぁ、私にもさっぱり」
というか『僕との仲』って何。
私と了はただの幼馴染の筈なんですけど!?
しかも人の成長に於いて重要な思春期をほとんど一緒に過ごしていないし。
最早幼馴染と呼んで良いのかさえ危うい関係だと自分では思ってるくらいなのに。
キーンコーンカーンコーン。
お決まりのチャイムの音に釣られるように腕時計を確認すると、授業開始まで後10分だった。
「予鈴なったし、私と杏子は先に戻るよ。行こ、杏子」
何を話しているか、聞いたところでどうせ教えてくれないのだろう。
自分に分からないことでネタにされている腹いせに、男子組を放置して屋上を出て行く。
いっそ授業に遅刻してしまえ、と酷いことを考えていると後ろからドタバタと階段を駆け下りてくる音が聞こえてきた。
「よっしゃ、遊戯、行こうぜ!」
授業が全て終わって放課後になった途端、城之内が立ち上がった。
さっきまで爆睡してたのに、見事な切り替わりの速さ。
しかも帰り仕度も万端だった。
そうは言っても全部置き勉だから持って帰るものなんて無いんだろうけど。
「ちょっと待ちなさいよ」
「そうだぞ、こっちはお前と違って準備ってものがあるんだ」
予想通りと言えば予想通り、杏子と本田から不平が上がる。
遊戯はというと、苦笑しながらも極力急いで仕度をしている。
「城之内、そんなに急がなくても決闘盤は逃げたりしないと思うよ」
「そうは言ってもよ、。大勢の奴達が押し掛けたら、無くなっちまうぜ? 早い者勝ちだろ」
バーゲンか何かか。
確かに、台数は限られているから無くなるということもあるかもしれない。
いくらKCと言っても、売れるかどうか未知数のものを大量生産するわけにはいかないだろうし。
その点から考えると、やはりこの大会は決闘盤の宣伝も兼ねているのだろう。
「準備出来たよ、城之内くん」
そうこうしていると、遊戯から声が掛かった。
どうやら皆、帰り支度が終わったらしい。
「行くか!! じゃあな、!」
「ばいばい、さん」
「また明日ね」
「またな」
「うん、また明日」
相変わらず挨拶を欠かさない彼達に対して返答した後、私も帰り仕度を始める。
ちなみに、了と一緒に帰るつもりはない。
そんなことをしたら今後の学校生活が平穏に済まなくなるのは目に見えているからだ。
元より着替えていくつもりだから、シュークリームも家に置いてある。
その為にも、一度家に帰らなくてはいけないのだ。
持ち帰る教科書で重くなった鞄を持って、下駄箱へと向かう。
靴を履き替えて昇降口を出た時点では何の異変もなかった。
しかし門を出た直後、突如として眼の前に現れた黒塗りの車に押し込まれる。
そして車はそのまま急発進。
「……一つ言っておきたいんだけど、拉致と誘拐は立派な犯罪だよ」
数瞬閉ざしていた口を開いて、隣に座っている人物へと告げる。
すると、相手は申し訳なさそうな顔をしてこちらに顔を向けた。
それは良く知っている人物であり、この出迎えもまたいつものことだった。
「ごめんな。急いでたから、説明する時間がなくて……」
「説明する時間も無いようなスケジュールは止めようよ、モクバ」
私を拉致した相手―モクバはそう言うと、困ったように口を噤む。
発展途上の会社の副社長にはスケジュールに余裕など無いのだろう。
分かっていても言わずにはいられないこともある。
しかしこれ以上、責めるのも可哀想なのでこの辺りで折れてあげることにした。
「はぁ……事前に連絡頂戴って言っても、どうせ急に空いた時間なんでしょ?」
「そうだぜぃ。なら分かってくれると思った」
笑顔を向けられても苦笑しか返せない。繰り返し言うが、毎度のことなのである。
『次からは気を付けて』と言っても無駄だということは、嫌という程に学習済みだった。
それでも、モクバはこちらが注意すれば、誰かさんと違ってちゃんと謝ってくれるだけマシだろう。
後は翌日学校で『が昨日黒塗りの車に拉致されてた』なんて噂が流れないことを祈るばかりだ。
「それで、メールは見てくれたんだよね? 電話じゃなくて直接来たってことはモクバも私に用事あるの?」
「メールは見た、返信出来なくてごめんな。でも、用事があるのはオレじゃなくて兄サマの方だよ」
「海馬くんが私に用事?」
「うん。時間が空きそうだから、のこと呼んでこいって言われたんだ」
今が放課後で良かった!!
その瞬間、心の底からそう思った。
相手が海馬くんなら、授業中であれ問答無用で連れ出されそうだからだ。
一つ残る問題は、了のことだ。
今日行くと宣言したからには行かないと、機嫌を損ねるのは間違いない。
恐らくこの場で了のことを話したら、モクバなら降ろしてくれるかもしれない。
しかし、海馬くんもモクバも忙しい身だ。次にいつ時間が空くかは分からない。
そして二つを天秤に掛けた結果、私は海馬くんの用事を優先させることにした。
確かに了は怒ると怖いけれど、今回ばかりは仕方ない。
事情をちゃんと話せば了だって分かってくれる筈だ。多分、恐らく、きっと。
私の中で恐怖の対象として君臨している幼馴染との約束を、酷く曖昧な理由で切り捨てる。
頭の何処か鳴っている警鐘は、聞こえない振りをした。