7.大会裏事情
今日行けなくなったという旨を書いた謝罪メールを送った。という免罪符を自分に与えることで、私は了のことを頭から追いやることに成功した。
電源を切ると後々の怒りが増しそうなので、携帯はサイレントにして鞄にしまう。
これで家に帰るまで、受信メールや着信が何件来ても怖くない。
暫くの間、了のことは完全に忘れられるだろう。
そこまでしたところで、私は漸く落ち着いて座席の背もたれに身を任せた。
「、着いたぜぃ」
高級車だけあってふかふかの座席の心地良さに目を瞑っていると、モクバに到着を告げられた。
降りた先には青眼の白龍の石像が建っている、どうやら目的地はKC本社だったらしい。
「さん、社長がお待ちです」
何度見てもこの青眼の白龍の石像凄いなぁ、と感心していると声が掛かる。
彼は……磯野さんだっただろうか?
出迎えに来たらしい磯野さんの後について、モクバと一緒にKC社内へと入る。
入り口は顔パスだった。
海馬くんから連絡が行っているのだろうが、どう見ても只の女子高生が普通に入って良いものかと疑問に思ってしまう。
社長が現役高校生の時点で何でもありなのかもしれない。
そしてエレベーターに乗り込み、目指すは勿論最上階だ。
人は逃げ場の無い状況になった途端に逃げ出したくなるのは何故だろうか。
人間の真理について考えていると、目的に着いたことを知らせる音と共にエレベーターが開く。目の前にはもちろん社長室の扉がある。
磯野さんが先頭に立ち、扉をノックする。
「社長、さんをお連れしました」
「入れ」
その言葉に従って開かれた扉の先には、大きな窓を背に海馬くんが所謂社長椅子というものに座っていた。
その光景に相変わらず存在が偉そうだという印象を受けるのは、恐らく至極当たり前の反応だろう。
「ふん、久しぶりだな、」
「えぇ、お久しぶりですね。KC社長様」
急に呼び出されたことの腹いせに嫌味を込めて返事をしてやる。
やたらと丁寧な言葉遣いが、彼に対する充てつけだった。
本心では、私は彼のことを敬ってなどいないからだ。
「磯野、もういい下がれ。モクバ、お前は既に決闘盤を受け取った決闘者のリストの追加照合を頼む」
「分かったよ、兄サマ。、また後でなっ!」
去っていくモクバに笑顔で手を振り返し、扉の閉まる音と共に正面へと向き直る。
それとなく人払いがされた社長室には私と海馬くんだけになった。
「モクバが居ない方がお前も話易いだろう」
良く分かっていらっしゃる。
モクバの前では私も海馬くんには色々と言えないのだ。
彼は自分の兄を純粋に尊敬していると同時に、私のことも気に入ってくれている。
そんな二人が仲違いしている様子は、幼い彼の心を痛ませるだろうから。
しかし、気に掛けるべき要素が取り除かれたので、これで心して眼の前の人物に迎えるというものだ。
気持ちを切り替える為に深呼吸を一つした後、私は口を開いた。
「で、下校しようとした私を拉致してまでの用事は何かな? 私だって今日は他にも用事があったんだけど。そんなわけでシュークリーム弁償して下さい。あと、昨日の大会開催発表に幾らお金掛けたの?」
とりあえず言いたかった事を吐き出して、少しすっきりした。
最後のは気になってから付け足してみただけだ。
電波ジャック、実は昨日から凄く気になっていたのだ。
「いつ会っても貴様は変わらんな」
「そう簡単に人間は変わって堪るかっての。半年や一年ならまだしも、たった1ヶ月でしょ」
「そんなことはどうでもいい。わざわざ聞かずとも、呼び出した理由くらい予想が付いてるだろう」
「……まぁね、このタイミングだし、大方バトル・シティのことじゃないの」
「そうだ。当然貴様も参加するものとして――」
「勝手に決めないで貰えますー?」
「今日はこれを渡そうと思って呼んだ」
何事もなかったかのように私の突っ込みはスルーされた。
参加するつもりはあるけれども、勝手に決め付けられるのは癪に障るのだ。
彼と話していると、自分の忍耐力を試されているような気がするのは間違いではないだろう。
それでも一度も爆発したことの無い自分を褒めてあげたい。
私の心の底のフラストレーションを知る由も無い海馬くんは、一台の決闘盤を取り出していた。
「それ、私にくれるの?」
「先程そう言っただろうが、話を聞いてなかったのか?」
「聞いてたけど、決闘盤って一定レベル以上の決闘者にしか渡さないんじゃなかったっけ?」
「安心しろ、貴様のレベルは6だ。参加規程は満たしてる」
「それなら良いけどさ。なんで大会主催者の海馬くんが、直々に私にくれるの?」
そう、それが問題なのだ。
参加規程を満たしているなら、普通のカード店であっても貰える筈である。
それをわざわざ海馬くんが呼び出して渡すというのは、何かあると言っているようなものだ。
「条件を満たす者が貴様しか居なかったのだから、仕方あるまい」
「条件?」
「あぁ、第一に女であること。第二に決闘者として相応の実力の持ち主であること。第三に知名度が低いこと。以上の三つだ。孔雀舞は知名度が高い。故に、貴様が選ばれたということだ」
「はいはい、どうせ私は舞さんほど知名度高くないですよ。例えそうであっても、そんな条件付きの決闘盤なんて受け取りたくないんだけど……」
「曲がりなりにもこの俺に三度も勝利したお前のことを評価している。心配などいらん、お前なら大丈夫だ」
「十戦三勝六敗一分だけどね。というか、詳しい説明も無しにそんな保障されても困るんだけど」
何がどう大丈夫なのか。
何故その決闘盤の持ち主は条件付きなのか。
分からないことは沢山ある。
そしてそれらは聞いたところで教えて貰えないのだろう。
けれども、此処で受け取らなかったら、主催者権限といったもので参加出来なくなるに違いない。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言う故事もある。
大会に出る為には仕方ないと諦めるしかなさそうだった。
「分かったよ、受け取れば良いんでしょ」
「ふん、始めからそう言えば良い」
仕方なく海馬くんの手から受け取った決闘盤は思っていたよりも軽かった。
腕につけたまま決闘するのだから重ければ邪魔になることは分かっていたが、此処まで軽いとは思っていなかった。
これならば、長時間に腕につけていたとしても問題無いだろう。
やはり技術開発という点においては、彼に一目置かざるを得ない。
一通り決闘盤の確認を行ったところで、今度はこちらの要望に答えて貰おうと海馬くんへと向き直る。
直ぐに追い出さなかったところを見ると、私にも用事があると分かっているのだろう。
「さて、海馬くんの用事はこれだけだよね?それなら、私の質問にも答えて貰いたいんだけど」
「なんだ。大会に関してなら多くは語れんぞ」
先手を打たれたか。
元から込み入ったことを聞くつもりはないが、今の発言を深読みすればこの大会には裏があるとも解釈が出来る。
外堀を埋めれば、大体の輪郭を掴むことは出来るだろう。
「あのさ、なんでアンティルールを採用したの?」
「簡単なことだ。当然優勝するであろう俺にはより多くのレアカードが手に入るからだろう」
「嘘は良くないなぁ、海馬くんならレアカード手に入れるのにこんな方法使う必要ないでしょ。お金あるんだし。それとも何か、この方法でしか手に入らないカードでもあるの?」
顔の前で組んでいた海馬くんの手が微かに動いた。
どうやらこれで正解のようだ。
一番のイレギュラーであるアンティルール、その採用にはやはり相応の理由があったということだ。
「話したくないって言うなら聞かないけど、童実野町で開催することにも同じ意味があるのかな?」
わざわざ町全体を使っての大会。
規模が大きいだけに、相当な金額が掛かることは彼だって分かっていた筈だ
そのリスクを承知で敢えて大々的に行う、この意味は――
「、グールズのことは当然知っているな」
「グールズって……あのレアカードの窃盗集団? それが今回の大会に関係してるの?」
「奪われた、ある貴重なカードを取り戻す為に、レアカードハンターである奴等を誘き出す餌が必要だった。その為のアンティルールだ」
「成程ね。アンティルール、そしてこの広い町全てが決闘場。この方法ならグールズも出てくるわけか」
「このことはKC社員と他1名しか知らん。貴様も無闇に口外するな」
「分かってるって、教えてくれてありがとね。海馬くんも忙しいだろうし、私はそろそろ失礼させて貰うよ」
そして私は社長室を後にした。
あの海馬くんが私の質問に答えてくれただけでも、随分なサービスだったと言える。
グールズ。
大会の影に潜む彼達の存在を知れただけで、放課後に拉致された見返りとしては十分な収穫だった。
この時の私は、ほんの少しだけ、海馬くんに感謝すらしていた。
それが別の感情に変わるのは、六日後のこと。