8.chou a la cream
社長室を後にした私は別室で仕事を任されていたモクバの元へと向かった。
私が訪れた時には、海馬くんに命じられた仕事をモクバは既に終わらせていたようで笑顔で迎え入れてくれた。
どうやら本当に人払いが目的だったらしい。
その部屋で、お菓子を食べたりしながらモクバとのお喋りを堪能した後、行きと同様黒塗りの車で家まで送られた。
私は帰宅してシャワーを浴びると、直ぐに布団に入って寝てしまった。
帰り掛けに拉致されたことが思っていたよりも堪えていたみたいだ。
そして今は、明けて翌日の朝というわけである。
「この決闘盤、一体何があるんだか」
そう言って視線を向けた先には、昨日海馬くんから押し付けられた決闘盤がある。
早くに寝たからか、いつもよりも早く眼が覚めた私はとりあえず一通りの動作を試してみた。
けれども、これといって変な所は見当たらない。
決闘盤の性能自体におかしな所が無いのは、当然と言えば当然ではあるけど。
「このまま終わるとは思えないんだよねー。何かある、絶対何かあるってこれ。むしろ無い方が怖い、海馬くんの無償の優しさとか恐ろし過ぎる」
『分からないものを悩んでいても仕方ないだろう』
「全く以っての言う通りなんだけど、気になるんだよ!」
『分かったから、早く仕度をしろ。遅刻するぞ』
「はいはい、分かってますって」
大体準備出来てるし、今からならゆっくり歩いても十分間に合うし。
こんなにも悩んでいるのを無碍に切り捨てたに対して文句を零しながら仕度をしていると、チャイムが鳴った。
早朝、というわけでは無いがどちらかと言えば静かな時間帯である為、その音は良く響いた。
「こんな朝から誰だろう? 荷物届く予定とかあったっけ?」
『無いな。つまり、非常識な人間であることは確かというわけだ』
「いや、そこまで朝早く無いし。ご近所さんが何か用なのかもしれないじゃん、回覧板とか」
さり気なく吐かれたの毒舌を聞き流し、スリッパをパタパタ言わせながら玄関へと向かう。
いざ扉を開ける段階になって、そういえばインターフォンを使って顔を確認するのを忘れたことに気付いたが、気にせず扉を開けることにした。
そうして視界に入ったのは、黒服スーツの方々だった。
「えーと、どちら様でしょうか?」
『知り合いか?』
いいえ全く知りません。との問い掛けに心の中で返す。
黒服スーツとお知り合いになるような機会は無かった筈だ、そんな危険な道は渡ってない。
本当にうちに用事なのだろうか、もしかして部屋を間違えているんじゃ?
こちらが訝しんでいることが伝わったのか、先頭に立っていた黒服スーツの方はほんの少し表情を和らげて口を開いた。
「早朝に申し訳ありません、こちらはさんのお宅で間違いないですね?」
「はい、そうですけど……」
「我々はKCの社員の者です。海馬社長からのお届け物を持って参りました」
「海馬くんから?」
昨日わざわざ人を拉致してまで決闘盤を渡してきたというのに、一体何を届けに来たというのか。
他に渡すものがあったのならば、昨日一緒に渡せば良い話だ。
届け物とやらに全く心当たりは無かった。
というか、海馬君。社員の人をこういうことに使うの止めようよ。KCはブラック企業だって噂が流れても知らないよ。
「こちらです、どうぞ」
「あ、どうも」
眼の前で差し出されて、つい反射的に受け取ってしまった。
しかも何やら丁寧に扱われていたので、思わずこちらも慎重に扱ってしまう。
受け取った箱は思ったよりも軽かった。
「では、我々はこれで失礼します」
「あの、ご苦労様でした」
用事が済むや否や、KC社員の皆様はスタスタと帰っていった。
あの人達も社に戻ったら他にも仕事が待っていることを思うと、こんな子どものお遣いをさせてしまったことを申し訳なく思う。
いや、私じゃなくて海馬くんが思うべきなんだろうけど。
一応礼儀として去っていく背中に声を掛けてから、私も扉を閉めて部屋の中へと戻った。
「うーん、海馬くんからの贈り物ねぇ。何だと思う、?」
『考えるよりも、開けてみた方が早い』
またこの人は身も蓋も無いことを……。
みたいな大人が居るから、子どもはサンタの存在を信じなくなるんだと思う。
そんなどうでも良いことを考えながら、一先ずリビングのテーブルの上に箱を置く。
一拍悩んだ後、そろそろ登校する時間であることを考慮して、の助言通りに開けてしまうことにした。
リボンを解いて開いた箱の中にあったのは――
「……シュークリームだね」
『シュークリームだな』
「何処からどう見てもシュークリームで間違ってないよね」
箱に詰まっていたのは2ダースものシュークリームだった。
そこで漸く、昨日私が海馬くんにぶつけた言葉を思い出す。
「で、下校しようとした私を拉致してまでの用事は何かな?私だって今日は他にも用事があったんだけど。そんなわけでシュークリーム弁償して下さい。あと、昨日の大会開催発表に幾らお金掛けたの?」
「海馬くんって、意外に律儀だったんだね」
『も少しは見習って、自分の発言に責任を持つようにすべきだな』
「いやいや、あれは普通本気にしないでしょ」
今度会ったら御礼を言うことにして、シュークリームを冷蔵庫に仕舞う。
その時、冷蔵庫の中に見慣れない箱がもう一つあったのだが、私はそのことを軽く流してしまった。
シュークリーム。
この単語でとても大事なことを思い出さなかった自分を激しく悔やむのは、学校に登校してからだった。
「v」
「…………」
「なんで無視するのかなぁ? 聞こえてないわけじゃない、よね?」
「っ…………」
忘れてた。
いや、忘れていたくて故意に記憶を封じていた。
今朝は携帯を確認していない、そのことからして疑問に思うべきだったのだ。
その意味するところは、私の脳が現実から目を逸らすことを選択していたことに他ならない。
それは短い間であったが、確かに私に幸福をもたらしていたと言える。
代わりに今は判決を受ける罪人の気分だったが。
そう、登校したら教室では大魔王様がお待ちになっていらっしゃった。
「?」
「ひぃっ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」
「それは何に対して謝ってるのかな? 僕はね、別に怒ってるわけじゃないんだよ?」
「嘘だっ!!」と某ノベルスゲームのように言ってしまえたらどんなに気が楽か。
またも現実逃避しかける思考を何とか繋ぎ止めて、目の前に君臨する幼馴染様に相対する。
「昨日は自分から行くと言っておきながら、結局行かずに申し訳ありませんでした」
「海馬くんに拉致されたんだっけ? 彼も大概迷惑だよね〜」
女の子が見たら思わず一目惚れしちゃいそうな可愛らしい笑顔で毒舌を吐かないで欲しいです。
外見と中身のギャップがあり過ぎて、めちゃくちゃ怖いので、思わず鳥肌が立っちゃうくらいなので。
これ以上このどす黒いオーラに当てられているのは、絶対に体に悪影響を及ぼすと思う。
「海馬くんが忙しいのは分かるけどね、僕もずっ――――――と待ってたんだけどなぁ……」
「本当に申し訳ありませんでした。今日はちゃんと行くので許して下さい」
「だから怒ってるわけじゃないって。から返信が無かったことも、電話の折り返しが無かったことも、怒ってはいないよ?」
だったらその裏しか無いような笑顔は何なんでしょうか。
「怒ってはいない」ってことは「呪い殺したい」とかは思ってる可能性があるってことですよね。
逃げたい。が、此処で逃げたら後がもっと怖い。
今直ぐ逃げ出したい気持ちを私は全力で抑え込み、何とか了を説得しようと試みる。
「了。あの、ごめんなさい、私が悪かったから本当に反省してるから。シュークリーム30個で勘弁して下さい」
「うーん30個かぁ……仕方ないなぁ、今回だけだよ? もし次に同じようなことがあったら、分かってるよねv」
「重々承知してます。二度としません」
次もしやったらどうなるんだろうなぁ……社会的に抹殺、いや、むしろその程度で済めばマシなのかもしれない。
とりあえず元はと言えば海馬くんのせいなわけで、全面的に海馬くんが悪いんだけどシュークリームのおかげで命拾いしたのも事実だった。
でも、こんな状況になったのはやっぱり海馬くんのせいだから、今度会ったら御礼の代わりに一発殴らせて貰おう。
朝の感謝の気持ちなど跡形も無く消え去り、海馬くんへの復讐計画を練っていた私は漸くそれらの視線に気付いた。
注目されているというよりもこれは……。
周りを見渡してみると、クラス、学年問わず様々な女子から睨まれていた。
あぁ、そうだったね。我が幼馴染様は皆に人気のアイドル美少年だったね。グッバイ、私の平穏な学園生活。
呼び出しとかあるのかな、面倒だなー。
というかさっきまでの私、どう見ても了と仲良しとかじゃなくて一方的に虐められてたと思うんだけど、それでも同情とかしてくれないってどういうことなの? あれが羨ましいと言うなら、喜んで代わってあげるのに。
フィルターってやつが掛かってるのかな、二人で会話してる時点で敵って認識にされちゃうのか。女の子って怖いなぁ……。
「おはよう。朝から暗い顔してどうしたの?」
「あ、おはよー杏子。ちょっと朝から地獄見ちゃってね。それで今後如何にして、自分の周囲の平穏を守るかについて考察してたんだ」
「何か朝から凄い事やってるのね」
私はあくまで被害者です。
生まれてきた星が悪かった、というくらいの不運に見舞われただけなんだと主張したい。
もしかしたら、ほんの少しだけ私にも責任があるかもしれないけれど、そんなものは全体として見たら物凄く僅かな部分に過ぎないと思う。
「杏子はよく平気で居られるね。嫌がらせとか無いの?」
「嫌がらせ? 特に無いけど」
「ごめん、杏子と私を一緒にしちゃ駄目だったね。杏子スタイル良いし可愛いもんね。嫌がらせとか受ける筈ないよねっ! それに比べて私なんか……」
「何言ってるの、だって十分可愛いじゃない」
「お世辞は良いよ。自分のことが自分が一番良く分かってるし」
杏子とか舞さんとか、どうして私の周りの同性は皆あんなにスタイルが良いんだろうか。
私は自分の胸元を見下ろして少し切なくなった。
別に洗濯板というわけではないけど、知り合いの女性達に比べると圧倒的に小さいことは否めない。
思わず深い溜息を吐いてしまった。
色んな事象が重なったからか若干ネガティブに私がなっていると、そこに癒しオーラを振り撒く声が聞こえた。
「杏子、さん、さっきから何やってるの?」
「遊戯っ!!」
声を掛けてきた主に対して勢い良く抱き付くと、そのままぎゅうっと抱き締める。
理性とか何のそので本能のままに動いた結果だった。
あまりに突然の行動に、私以外の人は全員固まってしまっているようだった。
「え、ちょ、さんっ!?」
あー慌てふためく姿も癒されるなぁ、やっぱり遊戯は何処かの大魔王と違って癒しだ。
朝から荒みきってた心が洗われる、ような気がする。
「っ! いきなり何して……」
「安心してー杏子。私は遊戯に対して恋愛感情とか一切無いから。ただマイナスイオン貰ってるだけだよ」
「マ、マイナスイオン??」
考えなしに思いついたことを口にしているせいか、私の発現が理解出来ないらしい杏子が疑問符を浮かべている。
分かり易いように説明をしよう、なんていう気持ちは今の私には無い。
やっぱ杏子は遊戯のことが気になるんだなぁ、それがどっちの遊戯かは分からないけど。青春だなぁ、青い春だよ。
という至極どうでも良いことを考えているのだった。
それにしても遊戯は抱き心地が良さが半端無い。
サイズ的に丁度ベストなんだよね、肩にこう手を回してグッと。
とか何とか考えていたら、不意に後ろから腰に手を回されて遊戯から引き離された。
「せっかく癒されてたのに誰っ……うわっ了!」
強引に心のオアシスから引き離された恨みをぶつけようと振り向くと、其処に立っていたのは了だった。
先程のことで植えつけられた恐怖心がまだ残っていたことで一瞬怯むが、癒しを奪われた私はそんなことではめげない。
「了っ! 何で遊戯から引き離すの。せっかく今朝の黒い空気を一掃しようと思ってたのに!」
「え、僕が何かした? それに、いつの間にの後ろに立ったんだろう?」
「今さっき私のこと引っ張ったの、了じゃないの?」
会話が噛み合わない。
どうやら了自身も混乱しているらしい。暗に『了が黒い』と言っている私の発言すらも気に留める様子が無い。
「ねぇ、今確かに獏良くんがのこと引っ張ってたのを見たけど」
「でも僕は覚えてないんだけどなぁ……」
杏子は見たと言うし、了はやってないと言う。
了が嘘を吐いているのならば私には分かる。
そして今回の件について了は嘘を吐いてなかった。
一体どういうことなのか?
考えている内に予鈴が鳴ってしまい、そのことは有耶無耶のままになってしまった。
不思議なことではあるが、必死になって真相を究明しなければいけないようなことではなかったということだろう。
ただ、引き寄せた腕の感触が私の中の何かに引っ掛かって残っていた。
授業が全て終了した後、私は一度家へと帰って来ていた。
了と徒ならぬ関係であるということは今朝の時点で周知の事実となってしまったので、既に隠す必要は無い。
だから、一緒に帰ることに問題は無いのだが、私には家に帰らなければならない理由があった。
そう、シュークリームである。
今日の私にとってシュークリームは正に生死を分かつ物であり、そういった意味で何にも代え難い物だった。
「持って行くのは、とりあえずシュークリームで、とにかくシュークリームで、一番にシュークリーム」
『』
「シュークリームの他に持ってく物あったかな。貴重品とデッキくらい?」
『!』
いつまでも反応しない私に痺れを切らしたのか、が声を荒げる。
彼が言いたいことは大体分かっていたから、聞こえない振りをしていたというのに。
気付かれないように小さく溜息を吐いた後、私は振り返った。
「何かな? 」
『本当に獏良了の家に行くつもりなのか』
「私が『行く』って言い出したんだし、行かないわけにはいかないよ。了は怒ると怖いからねー」
『ふざけてる場合ではない。アイツの器である獏良了の家に行くなんて、危険過ぎる。アイツが出て来ないとは限らない』
「言っておくけど、バクラと会うことも想定した上での行動だから。だって、そういう約束したじゃん」
二日前、病院で会った時に『続きはその時』と言ったのは私だ。
あの時はと話すこともままならなかった為に逃げ出してしまったが、今度は違う。
了の家に行く前に、ときちんと打ち合わせをしていくつもりだった。
『前にも言ったが、アイツとの約束を守る必要なんて無い』
「何て言われても私は行くからね。約束はバクラとのだけじゃなくて、了とのもあるんだから。私にとってはバクラよりも了のが怖いし」
『譲る気は、無いんだな』
「うん。だからのことを何処まで話して良いのか、ちゃんと決めようよ。それが分かってれば、バクラと会話するのだって危険じゃないでしょ?」
じぃっとを見詰めると、何かを言いたそうに口を開いたが諦めたかのように顔を片手で覆って溜息を吐いた。
そして小さく何かを呟いた後、仕方ないとばかりに顔を上げて私の方を見た。
『分かった、そこまで言うのなら行くと良い。だが、もしも危なくなったら俺が出るからな』
「暴力は……無しだよ?」
『安心しろ、腕力に訴えるつもりは無い。使った所で勝てるわけが無いからな。だから、危なくなったら抵抗せずに体を渡してくれるな?』
「うん、危なくなったらね」
『俺のことについて聞かれたら、干渉は出来ない存在だ、と答えておけば良い。恐らく、それで納得するだろう』
どんなに情報を持っていたとしても、干渉出来ないならばバクラにとっても脅威では無いと言うことか。
それはにとっても同じで、バクラが何をしようと彼には関係無いということだ。
にも関わらず、はバクラを危険視して警戒している。
多分、私の為なんだろう。
それでも、私はバクラが悪い人だとは思えなかった。
一度だけしか会っていないのに、彼の傍に居れば安全のような気がする。やはり幼馴染である了の別人格だからだろうか。
答えの出ない疑問が、また一つ増えた。
学校が終わってからおよそ1時間30分後、私は漸く了の家まで来ていた。
出掛ける前にと話をしていたから多少遅くなってしまったらしい、特に時間を決めていたわけではないから気にする必要は無いが。
「りょーおー来たよー」
リズムを付けて連呼してみたい気持ちを抑えて、普通にインターフォンを押す。
理由は簡単、後が怖いからだ。
そんなことを考えていると、眼の前の扉が開かれた。
うっかり扉に頭をぶつけるなんてお約束はやらない。
「いらっしゃい。適当に入って来て」
「はいはい、お邪魔しまーす」
返事をしたは良いが、適当にと言われても此処に来るのは初めてなので勝手が分からない。
とりあえず、了の後について中へと入ると部屋が意外に綺麗なことに驚く。
てっきり了のことだから、ゲームとかに没頭して家事は二の次になってると思っていたのに。
「あ、シュークリームどうすれば良い?」
「とりあえず机の上に置いといてくれる? 紅茶淹れていくから」
その言葉に従って30個近くあるシュークリームを机に置く。
いくらシュークリームと言えど、この量があると結構な重さがあったので腕が少し疲れていた。
そして気になるのは、紅茶は私の分もあるのかということである。
紅茶だけということは無いだろうから、私の分の紅茶がある=私の分のシュークリームもあるということだ。
海馬くんから届いた物は絶対美味しいので、当然食べてみたいという気持ちはある。
了ならば一人で30個食べることも可能だろうから期待してはいけないと分かっていつつも、紅茶の匂いに否応なく期待は高まる。
そして強まる薫りと足音に、了が来たのだと思った私は振り向いた。
手伝おうか?
しかしその言葉は、口の中に飲み込まれたまま発せられることは無かった。
何故なら──
「お待ちどおサマ」
其処には居たのは了ではなくウサミミだったからだ。
「あ、ウサミ……じゃなかったバクラ」
「あからさまに言い直してんじゃねぇよ、しかも業とだろ!」
「そんなこと無いよ? まず視界に入ったものを口にしただけで、別にバクラのことウサミミだなんて思ってるわけじゃないから」
「ほォ、そんなに頭から紅茶ぶっかけて欲しいのか、てめぇは。良く分かったぜ」
「ちょ、少しお茶目な冗談言っただけじゃん! 冷静になろうよ!!」
「オレは至って冷静だ」
そう言いつつも、バクラはとりあえず紅茶のカップを机の上に戻してくれた。
危なかった、今のは眼がマジだった……。
淹れたての紅茶を頭からかけられたりしたら、洒落にならない。
次は無さそうなので、紅茶を運んで給仕してる姿が見事に似合わない等と思っていたことは、口に出さずに仕舞っておくことにした。
ささやかな冗談の為に、我が身を危険に晒すなんてことはしたくはない。
『』
私の名前を呼ぶの声が聞こえる。
まだ大丈夫、約束は「危なくなったら」だからね。
それにバクラは私に危害を加えるつもりは無いと思う。
何となく、そんな気がする。
「で、今日はこの前の話の続きをするつもりで来たんだろうな?」
「え、違うよ。了の機嫌取りにシュークリーム献上しに来たんだよ」
「まぁお前にそのつもりがあろうがなかろうが、関係ねぇがな」
「うん、この展開はある程度予想してたらから別に良いけどさ」
というか、正に予想通りである。
バクラにしてみたら、餌が自ら飛び込んで来たようなものだ。こっちの事情なんて、お構い無しだろう。
それを理解した上で来ているのだから、私だって今回は逃げ出したりはしない。
しかし、それよりも先にやっておきたいことはあった。
「とりあえずシュークリーム食べたいから、話はその後でね。というわけで、了に代わって、バクラ」
「無茶言うな」
「だって海馬くんのお抱えシェフの手作りだよ? シュー生地の膨らみ具合と、少しだけはみ出したクリームとか、見ただけでも絶妙じゃん!私だって食べたい!」
「知るかよ。第一、それは宿主に持って来たんだろ? お前が食べれるとは限らねぇだろうが」
「紅茶を二人分淹れたってことは、了は私にくれる気があったってことだよ」
もしかしたら私には紅茶だけだったかもしれないけど、そこは敢えて断定してみた。
シュークリームを食べたい気持ちも勿論あるが、早く了に献上してしまいたいのだ。
これまで買ってきた怒りは、それで漸く無かったことにして貰えるだろうから。
まだ了が怒っているかと思うと、落ち着かない。
だから、どうしてもバクラから了に戻って貰う必要があった。
「こんなの了に確認すれば一瞬で済む話だし、ほら了に代わってよ」
「そんな理由で代われるか! こっちは宿主と代わったら暫く出てこれねぇんだよ」
「バクラが出て来れなくなっても私には関係無い、というかむしろ好都合?」
「オレはお前に用があって出て来たんだ。この機会を逃すつもりは無い」
堂々巡りだった。
了からの許しを貰うことはバクラと落ち着いて会話する為にも必要なことなのだが、そんなことは通じていないのだろう。
それに、そんなに簡単に交替出来ないというバクラの主張も分かる。
遊戯達と違って、了とバクラの間には信頼関係は存在しないように見えるから。
バクラが表に出てくるには、了の隙を突くしかないのだろう。
「おい。ゲームするぞ」
「ゲーム?」
どうしたものか、と考えていたらバクラが急にそんなことを言い出した。
今までの話の流れでどうしてそうなるのか、全く分からない。
「もしが勝ったら、お前の言う通り宿主サマと代わってやるよ」
「本当っ!?」
「ただし、オレ様が勝ったら、全ての質問に答えて貰う」
「要は勝てば良いんでしょ?」
「はっ、勝てればな」
まるで私が勝てるわけがないみたいな言い方に少しカチンときた。
これでもゲームセンスは悪くないと自負しているから、莫迦にされたまま引き下がるわけにはいかない。
「いいよ、やろう。それで、ゲームの種目は?」
「M&Wなら、お前にも少しは勝機があるだろ。今日はちゃんとデッキ持ってんだろうな?この前みたいなのはお断りだぜ」
「あれはこの前だけだし、いつもはちゃんとデッキ持ってるから! バクラの方こそ、デッキあるの?」
「大会には出ちゃいねぇがカードはあるぜ。あれだけ流行ってるゲームに、宿主が手ぇ出さないわけないだろ」
了は昔からゲーム好きだった。言ってしまえばオタクだ。
これ程あの外見に似合わない言葉も無いけど。
今でもそうかは分からなかったが、あの頃のままだと言うなら確かに持っていて当然だろう。
話が纏まったところで、バクラがデッキと共に了の部屋から持ってきたフィールドは何だか懐かしく感じられた。
最近ではソリッドビジョンを使うことが多かったからだろう。以前はずっとこれだったのに、そちらが当たり前になりつつあった。
そんな考えを振り切るように、両頬を軽く叩いて気合いを入れる。
既に互いのデッキのシャッフルは終わっていた。
此処からは余計なことを考えている暇は無い。
「覚悟は良いな、」
「上等!M&Wなら負けないよ」
「「デュエルっ!!」」