10.社長にだって法律は適用されます
歯車は動き出す。

三枚の神のカードを巡る闘い。

人々は否応無しに巻き込まれる。

それもまた、遥か昔からの宿命なのかもしれない。




開け放たれたカーテンから日差しが差し込んでいる。 窓から見える眼下の風景は何時もと変わらないもの。 けれど、予感がした。

今日のバトル・シティでは何かが起こる

この1週間で自分を取り巻く状況は随分と変化した。 千年パズルを持つ遊戯と友達となり、千年リングの人格であるバクラと出会った。 それも全て偶然ではなかったのかもしれない。 きっと、私も既に関わってしまっているのだと思う。 だからと言って今の私は何かをするつもりは無いけれど。

、準備は出来たのか?』
「うん、これで最後」

身支度を整える為に向かい合っていた姿見から、机の上への視線を動かす。 昨日も遅くまで調整していた今日の為のデッキ。 これをホルスターに入れれば準備完了だが、その前にカード達を胸に当てる。 この行為自体に意味は無い、大会がある日にはいつもやっている、おまじないみたいなもの。 数千枚もある中から選んだ四十枚のカード達は言わば戦友だ。 カード達があるから私は闘える。 どんな状況にあっても、自分のデッキを信じること。 それを私は忘れない限り、カード達は必ず応えてくれるから。

「さて、行きますか!」



大会集合場所の時計塔には既に何人か参加者が集まっていた。 参加者は腕に決闘盤を付けているから直ぐに分かる、道行く人々が目印となっている決闘盤を物珍しそうに眺めている。 まぁ、普通の人にしてみたら『腕に何付けてんだアイツら』って話だから仕方が無い。 大会ルールの発表は8時10分からだったか。早く来過ぎたせいで知り合いが一人も見当たらない。 それなりに大会にも出場しているので参加者の中には知っている決闘者が居てもおかしくはないのだが、そういった顔だけ知ってる程度の人も居なかった。
こういうイベント時には大抵早くに来過ぎてしまう。 緊張しているわけではない、どちらかと言えば遠足を楽しみしている小学生の感じに近いだろう。 遅れることが無いのは良いことなのだけど、偶には丁度良い時間に来てみたい。 手持ち無沙汰に時計塔の下に座って脚をぶらぶらさせていると、見知った人物が正面からやってきた。

「おはよう遊戯! いよいよ大会当日だね、この1週間が凄い長く感じたよ」
「アンタが、か」
「あれ……遊戯、だよね??」
「相棒なら今は中に居るぜ」

特徴的な髪型。 別人ということは無い筈なのだが、どうにも態度がいつもと違う。 不思議に思って確認をしてみると、眼の前に居るのは遊戯ではなく王様だった。 間違って見知らぬ人に声を掛けてしまったかと一瞬焦ったので、そうでは無かったと分かって安心した。 けれど、王様が私に一体何の用なのだろう?

「私に用があるってことかな」
「あぁ、単刀直入に聞かせて貰うぜ。お前はオレの敵か?」

鋭い眼光は強い意志を秘めていて。 記憶は無くとも彼はやはり王だったのだと思わされた。 恐らく、誤魔化しは効かない。 元より彼から聞かれたらはぐらかさずに答えると決めていた。

「違うよ、貴方の敵ではない。でも、私は、味方でもない」

私達は敵じゃない。 そして私は味方ではないけれど、彼は味方だ。 今の私に言うことが出来る精一杯の答えがそれだった。

「どうしてオレの存在を知っていた?」
「それは……」
「答えられないか?」
「私だけのことじゃないから」

は、まだ自分のことを王に知らせることは出来ないと言っていた。 一つは、その存在を知った所で今の王様には分からないから。 もう一つは、彼自身の制約だから。 が様々な制限を背負っていることは私も聞かされていた。 制約を違えた場合どうなるのか、それは聞かされていない。 だから、彼は今までもこれからも耐え続けるのだろう。 『時』が来る、その瞬間まで。

「時が来たら全て話すことを約束する。だからどうか、今は私を信じて欲しい」

それを口にしたのはどちらだったのか。 けれども、それが彼の心から言葉であることに変わりは無い。 他のどんなことよりも、これだけは伝わって欲しかった。 視線を逸らすことなく王様の眼を真っ直ぐに見る。 周りから見れば、此処だけ今にも決闘が始まりそうな気迫だっただろう。

「分かった。オレはお前のことを信じる」
「ありがとう、王様」
「その王様ってのは止めてくれないか?」
「嫌? 遊戯と区別付くようにと思ったんだけど……」
「オレは王だった頃の自分のことを何一つ知らない。だから遊戯でいいぜ、それが今のオレだ」

千年パズルを解いた武藤遊戯に宿った王の魂。 彼もまた、武藤遊戯であることに変わりは無いということなのだろう。

「それじゃ、宜しくね。遊戯」
「……相棒の言ってた通りだな」
「え、遊戯が何か言ってたの?」
「『さんは君の敵じゃないよ』って言ってたぜ」
「そっか、ちょっと嬉しいな」

自分でも相当怪しい発言をしてきたという自覚はある。 だから、それでも信じてくれていたと聞いて嬉しかった。 知っていることを何一つ話せない私だけど、決して嘘は吐かないようにしようと思った。 信じてくれた友達に私が出来ることはそれだけだから。

「そういえば、お前もバトル・シティに参加するんだろ?」
「うん。出来れば遊戯とは闘いたくないけど」
「闘う時は手加減無しだぜ、
「分かってるよ。その時は全力でね」

気付けば遊戯の気配は先程までの『三千年前のファラオ』から『決闘者』のものに変わっていた。 確かに、今の彼には『王様』ではなく『遊戯』という呼び方が合っている。 一人の決闘者としての武藤遊戯。 名前で呼んでくれて、仲間なんだと認められたようで嬉しかったのはまた別の話。 そこに新たに一人、良く知った人が現れた。

「あんた達、こんな所で二人の世界作って何やってんのよ?」
「おはよう舞さん。何というか……新しい友情を築き上げていたところ?」
「ふーん、まぁ何でもいいけどそろそろ大会ルールの発表時間よ」
「え、もうそんな時間?」

振り返って時計塔を見ると、時計が指しているのは8時5分だった。 遊戯と話している内に、思ったよりも時間が経っていたらしい。 それなのに未だに姿を見せない友人を私が気に掛けたのと、舞さんが話題にしたのは同じタイミングだった。

「そういえば、姿が見えないけど、城之内はこの大会に参加しないの?」
「もう来る頃だぜ!」
「そう! やっぱ参加するんだ!」

舞さん嬉しそうだなぁ、やっぱり恋する乙女は可愛いね。 こんなに美人が会えるのを楽しみにしてくれているというのに、城之内は一体何をしているんだろう? 学校の遅刻は新聞配達のせいとして、こういう日に寝坊するタイプには見えない。 そう言うと海馬くん辺りは色々と文句を付けそうだけど、彼だって決闘者だから。 随分と人が増えた広場を見回してみるが、あの金髪は見当たらない。 その間にも、竜崎、羽蛾、梶木といったそれなりに名の知られた決闘者が続々と揃ってきている。

「決闘者諸君! バトル・シティにようこそ!」

もしかしたら此処からは見えない場所に居るのかもしれないと探しに行こうとした瞬間、モニターに海馬くんの姿が映った。 大会ルールの説明は流石に聞かないと不味い、かな。 仕方なく遊戯や舞さん達と同様にモニターを見上げることにした。

開催場所は童実野町全域、決められた決闘場は無し。決闘者同士が出会えば其処が決闘場になる。 そして適用されたアンティ・ルールにより敗者はレアカードを奪われる。それは勝ち続ければデッキが強化されることを意味する。

「さて、今回の参加者は報告によれば、49名。……だが決勝戦に勝ち上がれる者は最大9名のみ!」

参加者49名で決勝に行けるのが9名? 7名ならば分かるけれど、人数のバランスが取れて無いような気がする。 引っ掛かりを覚えた部分について考えている間にも説明は進む。

「……このプレートはパズルカード! 参加者48名のパズルカードを重ね合わせると、童実野町の地図が完成するようになっている」

海馬くん……参加者の人数が1名減ってるのは意図的なのかな?
嫌な予感がした。いや、それは最早確信と言った方が良いのかもしれない。 だってね、決闘盤から外したパズルカードは既に地図が完成してたから。 どうして? なんて問うまでも無い。 思い出してみればいい、この決闘盤は学校帰りに拉致されてKC社長直々に無理矢理手渡されたものだ。
パズルカードを6枚集めれば決勝の場所が分かるって? 48÷6=8 こんな簡単な計算は小学生だって間違えない。 じゃあ決勝に行ける残り1名の枠は何なのか。 その私の疑問に答えるかのようなタイミングで、海馬くんが話し出した。

「既に気付いている者も居るだろうが、参加者は49名だ。参加者の中に1名だけ、特殊なパズルカードを所持する者が居る!」

聞きたくはない。 が、自分の命運を左右する話だから聞かないわけにはいかない。 出来るなら、今直ぐにでも家に帰りたくなってきた。 読めるんだよ、読みたくもない先の展開が!!

「そのパズルカードは、1枚であっても決勝の場所を示すことが出来る。ただし、その場所が示されるのは予選終了30分前だ。更に、このパスルカードの持ち主は、決闘盤の発信機により2時間毎にその居場所を全決闘者に通達される」

始めの内はそれってズルくねぇか? 等と言っていた人達も、どうやら事情が飲み込めてきたらしい。 1枚だけで決勝の場所が分かるというのは一見すると有利であるように思える。 しかし、居場所が全決闘者に通達されるということは集中的に狙われるということであり、耐えず決闘を挑まれる可能性もあるということだ。 そのような状況下で、予選終了30分前までパズルカードを保持し続けるのはかなり困難であるだろう。
美味しいだけのハンデなんて私にくれるわけがない。海馬瀬人はそんなに甘い人間ではないのだ。 やっぱり、この決闘盤には裏があった。 貰った時から分かってはいたけど、少しばかり覚悟が足りなかったかもしれない。

「そして、このパズルカードの現在の持ち主は、!」
「………………。」
、怒ってるの……?」
「あはは、そう見える? 私は怒ってなんかいないよ」

そう怒ってなんかいない。 むしろ怒りは既に通り越している。 うん、居場所を知らせるっていうのは聞いてたけどね。 まさか……大画面で顔写真流されるとは思ってなかったよ。 これって肖像権の侵害って言うんじゃないのかな?

「絶対に、決勝まで行ってやる。あの顔一発と言わず五発は殴らないと気が済まないっ!!」
「女の子の顔を公に流すなんて最低ね。あたしも一発殴ってやるわ」
「オレも海馬のヤツは思いっきり殴って良いと思うぜ!」
「二人共、ありがとう」

世界に誇るKC社長だからと、何でも罷り通るわけではないということを思い知らせてあげようじゃないか。 周りの人間はモニターを見上げている為、まだ気付かれてはいないようだ。 とりあえず、応急処置としてフードを被っておく。 無いよりはマシだろうからね。


「さあ! 決闘者ども、街に散るがいい!」


説明が終わると同時に、何人かが私を探し始めた。 例え居場所を通達されようとも、やはり1枚を奪う方が簡単だと思うのだろう。 なにせ参加している決闘者は皆腕に覚えがある者ばかりだ。自分なら、と思い上がっていてもおかしくはない。 しかも、今の持ち主は女なのだから。 あー……だからあの社長サマは私を選んだのか。条件とやらにそれも含まれていたような気がする。

「というわけで、遊戯、舞さん。私はとにかく逃げます、探さないで下さい」
なら大丈夫だと思うけど、多勢に無勢になったら逃げなさい。幸運を祈るわ」
「決勝で会おう」

二人共、私を引き止めようとはしなかった。 私からパズルカードを奪って、楽をしようなんて全然考えていないということだ。 己を磨く為に、より多くの強敵との闘いを求めているから。 これこそが決闘者のあるべき姿だと思う。 相変わらず私を探している周りの連中にも、ぜひとも見習って欲しい。

「じゃあ、また後で!」

全速力で走ると注目された結果、見付かってしまいそうなので早歩きで広場から離れる。 大会開始の9時にならなければ決闘を挑まれることは無い。 けれども、今の段階では一度見付かったらあっと言う間に囲まれて、そのまま連戦を強いられることになるだろう。 大勢の前で決闘を繰り返せば、それだけ手の内を晒すことになる。 それを避ける為にはなるべく遠くへ移動するしかない。
人混みに紛れるように移動している途中、険しい顔をした城之内と擦れ違ったが呼び止める暇もなく彼は走り去っていった。 こんな状況でなければ追い掛けて事情を聞きたかったけれど、私にも余裕は無い。 一瞬だけその後ろ姿を見送ると、先程まで進んでいた方向――城之内が向かったのとは逆方向に歩を進めた。
今は自分のすべきことをしよう。 勝ち進めば、必ず会えるから。



午前9時、童実野町は戦場へと変わった。
私はというと、開店と同時に飛び込んだ店で帽子を購入していた。