タイトル

神南大学付属高校 3年 花房ミノル

 は1つ上の代のクイ研部長だった。共学である神南大付属高校では女子部長はこれまでにも何人か居たが、クイズの実力よりも部員をまとめ上げる力を見込まれて一つ上の学年から指名を受けることが多い。は歴代の女性部長の中では珍しく、クイズの実力も評価されてのことだったと聞いている。端から見ていても、妥当だろうな、という人選だった。生真面目すぎることもなく遊びも理解しつつ、抑える部分はしっかり抑える、上に立つ者としての匙加減をよく分かっていた。そして何よりも、クイズを楽しむということを第一に考えている、そんな人だった。



「みんな元気にしてるー? 遊びにきたよー」
「今年は新入生結構入ってるじゃん!」
「あ、女の子が居るー」

 あと数日でゴールデンウィークを迎えるという4月の終わり頃、そんな賑やかな声と共に神南大付属高校クイズ研究部を訪れたのは3月に卒業したばかりの先輩たちであった。2年生以上は顔見知りとあってめいめいに挨拶をする中、突然の訪問者に驚いたのは新入生たちである。先輩たちの様子から彼らの訪問は予め決まっていたことなのであろうことは察せたが、まだ入部して間もない1年生にはこれから何が起こるのかなど当然分かるわけもない。どうしたら良いのか、指示を仰ぐように視線は自ずと部長である花房に集まっていた。

「花房ぶちょー1年生たちが不安そうに見てるよ、説明してあげな」
先輩にそう呼ばれるとなんかこそばいなー」
「はいはい、そういうのは後でね」
「よっしゃ! じゃあ1年生よく聞けよー。今日はOBの先輩方がおまえたちのために来てくれた!」
「うちは他校のクイ研とは離れてるからね。毎年新入生が揃うこの時期にはOBが来てくれて、新入生歓迎会をかねて大会のようなことをするんだ」
「渋谷が言ってくれた通りだ。大会とは言っても身内のお遊びのようなもんでガチでやるほど先輩方も鬼畜じゃない、はずだ。適度に楽しみつつ、学べるところは学んでいくように!」
「はずだ、は余計だよ。私たちだって受験勉強でクイズ遠ざかってたしね。さーて1年生さんたち、心の準備はできたかな? 今日は神南クイ研の洗礼を存分に味わって帰ってね。クイズ大会の始まりだー!」

神南クイ研の洗礼、その言葉通りにOBの先輩たちが用意してきたというクイズは実に遊び心に溢れているものだった。典型的な競技クイズの形式に面白いと思えるような要素を加え、ただ知識を問うだけの問題ではなく、回答ができてもできなくても参加しているだけで楽しいと思えるようなそんなクイズばかりが次々に出てくる。「大学ってこの時期はオリエンテーションとかばっかりで割と暇だから」と先輩たちは言っていたが、全員が付属の大学へと進学したわけではないため、時間を合わせてこれだけの準備をするのはそれなりに手間が掛かっているはずだ。それでも面倒だった、大変だったとは誰も口にしない。冗談交じりに「苦労して準備したんだから楽しくなかったとか言ったら許さねぇぞ」などと言う先輩も居たが、「毎年先輩たちが用意してくれるの見てたから、いよいよ自分たちの番になってこれ準備するの楽しみだったんだよな」という言葉に恐らく全てが詰まっているのだろう。学年入り乱れての即席ペアで盛り上がる面々を見ながら花房がそんなことを考えていると、突然背中に重みがかかった。

「自分も来年は準備する側かー、とか今考えてたでしょ」
「……先輩」
「来年のことなんて今から考えてどうすんの。それよりも、夏! SQでしょ!」
「応援してくれます?」
「そりゃもちろん。私たちの無念をぜひとも晴らして欲しいと思ってる」
「えー他にはなんかないんすかー」
「ないことはないけど、だってまだ約束果たしてもらってないし」
「けど、それを今からリベンジさせてくれるんすよね?」

背中に乗せられていた腕を掴んで花房が振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべたが居た。掴んでいた腕をするりと抜きさった苗字が部室の真ん中へと歩を進めてパンパンと手を鳴らすと、ざわざわとした騒がしさがぴたりと静まり部室に居る全員が動きを止めて注意を彼女へと向けた。こういう注意を引き付ける上手さは変わらない。

「場も盛り上がってきてるし、おまちかねの新旧部長副部長タイムレース対決を始めまーす」
「ルールは?」
「制限時間3分。1問正解で1pt、1問誤答で-1pt。問題が全て読まれてから3秒経過しても誰もボタンを押さなかった場合はスルー。問い読みは公平にOBと現役から1名ずつお願いします」

わっと盛り上がったかと思うと、あっという間に部屋の真ん中に4人分の対戦スペースが用意されていた。これもまた例年この時期の恒例となっている、新旧部長副部長対決。タイムレースということもあり、集中力、早推し、知識量という基礎的なクイズ力を競う分かりやすい形で行われる。新部長副部長にしてみれば、ここで負けては部員に示しがつかないし、旧部長副部長にしてみれば、後輩に負けるわけにはいかないという、どちらにとっても譲れない勝負となっている。そして花房にとっては、それ以外にも勝ちたい理由があった。

ー公約は変わらず?」
「んーおんなじだよ。だってまだ負けてないし」
「あの、公約って何ですか?」
「あ、そっか1年生は知らないよね。花房が勝てたら先輩が彼女になってくれる、っていう公約」
「え、え、でもそんな理由っていいんですか?」
先輩から言い出したことだしね。あの人なりに考えあってのことだと思うから、いいんじゃないのかな。というわけで、めちゃくちゃ必死な花房が見れる貴重な機会だから1年生はよく見ておくように」
「渋谷、余計なこと言い過ぎ。オレのイメージが崩れるだろー?」
「崩れるほどのイメージまだないから大丈夫だと思うよ」

誰が勝つかといった雑談もボタンチェックが始まると徐々に小さくなっていき、部室内も緊張感へと包まれていく。静まり返ったところを見計らったかのようなタイミングで、花房はの方を真っ直ぐに向いて宣言をする。

「今日こそ勝つんで、覚悟してて下さいね先輩」
「そうだね。受験のブランクあったから、今日はついに負けちゃうかもね」
「なんでそんな殊勝なんすか」
「失礼な。私を越えて欲しいなぁってのは正直な気持ちだよ」
「ぜってぇ勝ちます」
「期待して待ってる。手加減はしないけどね」

誰しもが固唾を飲んで見守る中、勝負の3分間の火蓋が切られた。3分間、秒に直せば180秒はあっという間に過ぎていく。問題が読まれ、誰かがボタンを押し、答える。その繰り返しだ。最低限、自分が何ptであるかは分かるが、他の相手が何問正解しているかは当然分からない。意識は目の前の問題に全て向けられており、そんなことに思考を割いている余裕があるわけもない。それは答える側も見ている側も同じだろう。ピピピピとタイムアップを告げるアラーム音が鳴り響くと同時にギャラリーが沸き上がった。終わったんだな、という認識が遅れてやってくると、花房は机にもたれかかるようにして思わずその場にしゃがみ込む。全力疾走をした後のような虚脱感が全身を包んでいた。同じように息を切らしながらも、そんな彼の姿を隣で見下ろして笑っているを見ると、勝てないなぁと思ってしまう。

「ふふ、お疲れ様」
「そりゃお互い様っすよ」
「タイムレースは半年に1回で十分ね。頻繁にやりたくないわ、これは」
「また付き合ってもらいますからね」
「ん、なにそれは既にリベンジ宣言?」
「まぁ……だって先輩ほとんど誤答してなかったし」
「誤答はしてないけど回答権そんなに取れてないよ。流石は早推しスピードスターの後継者」

わしゃわしゃと花房の頭が撫で回される。触れられるのは嫌ではないが、扱いがどうも犬猫のそれと変わらない気がした。

「茶化さないで下さいよ」
「茶化してない。積み重ねてきたものはちゃんと糧になってる。だから自信持ちなよ、ミノル」
「っさん……!」
「結果まだ出てないから、その先はもうちょいお預けねー」

勢いよく立ち上がった花房が抱き付こうとしたのをはさらりとかわすと、好き勝手に撫で回してぐしゃぐしゃにしてしまった髪を整えていく。行き場を失った両手と頭をだらんと下げた花房が再び苗字のされるがままになっているところに、集計が終わった最終ポイントが発表される。結果まさかの同率1位だったため、公約それ自体は保留となり一先ず名前で呼び合うことは許されるようになったのは一歩前進と考えるべきか否か。
公約とか言ってないでさっさと付き合えば良いのに、と同学年のメンバーに言われたが「今のままの方が面白いじゃない?」と2年前に返していることを花房はまだ知らない。


(2017.10.04.)