※Attention!
具体的表現はありませんが腐ったフルーツたちの香りがします。
波乱万丈だった麻ヶ丘例会、その反省会を終えて家の前に立ったのは夕焼け色の空が地平線の向こうに消えつつある頃だった。普段であれば一日を終えて家に帰ってきた、という安堵感に包まれるところであるが、今日は玄関の扉を開けることに強い抵抗があった。それはこの先に待ち受けているものに検討がついているからだろう。いつもよりも重く感じる扉を開けて家の中へと入った彼を出迎えたのは仁王立ちをした妹であった。
「おかえり、匠兄。私に何か言うことはない?」
「ただいま、。兄ちゃんは疲れてるからそこをどいて欲しい」
「質問に答えてくれたらどいてあげる」
答えてくれるまではここをどくつもりはないという強い意志が込められた声だった。上がり框に腰掛けて靴を脱ぐ背中に「ちょっと聞いてるの?」と声がかかったため、振り向かずに手を挙げて振ってみせることで聞いていることを示して返す。靴を揃えて立ち上がったことで逆に見下ろされる立ち位置になっても、なお怯まずに見上げてくる妹に根負けしたのはやはり彼の方だった。
「はぁ……苑原のことだよな?」
「そう! 小悪魔属性の女装男子なんて美味しい逸材、私が好きに決まってるじゃない! なんで教えてくれなかったの!?」
「俺も今日までそんな子だなんて知らなかったからだよ」
「その辺り、壁ドンの話も含めて詳しく」
「後で話す。話すから、とりあえず部屋に行かせてくれ」
「……絶対だからね」
わかったわかった。と適当に返事をしながらようやく開けた自室への道を進み始めると、自然な様子で後から気配がついてきた。それについて特に何かを言うようなことはせず、彼も今日あった出来事で言っておきたいことを相手に投げかける。
「というか俺は今日お前が居ることも聞いてなかったんだけど?」
「言ってなかったもの」
「先に行ってくれよ。クイ研でもないお前が例会に居たらびっくりするって」
「クイ研ではないけど麻ヶ丘の生徒なんだから居てもおかしくはないでしょ」
「そりゃそうだけど、心の準備ってものがあるだろ」
「別に邪魔はしなかったんだからいいじゃない、匠兄のクイズ馬鹿なところは十分知ってるし。あ、中澤さんと芦屋さんにはいつも愚兄がお世話になってますってちゃんと挨拶しておいたから」
「いつの間に……」
「匠兄が封筒探しに奔走してる頃。どう? できる妹でしょ」
「はいはい、よくできた妹だよ……で、お前はどこまでついてくるの? 着替えるんだけど」
歩きながら話をしている内に、彼女は当然のように部屋の中まで入り込んできていた。至極最もな疑問を彼がぶつけたにも関わらず相手は全く怯むこともなく「着替えれば?」と返してくるのだから困る。常々思うことだが、この妹には恥じらいというものが足りていない。
「出て行け」
「私は匠兄の貧相な体を見ても何とも思わないよ。横に芦屋さんとか苑原くんが居るならともかくとして」
「そう言うならカメラを構えるな」
「それとこれとは別。私に興味はないけど需要はあるから」
「どこにだよ!」
「主にうちの界隈で。基本的に物々交換で金銭のやり取りは発生してないし、個人が楽しむ範囲だから大丈夫」
「安心できる要素が全く見当たらない」
ファインダーから顔を上げて仕方ないという表情を浮かべたかと思うと、彼女は手元の画面を覗き込んで何やら操作を始める。その手に不釣り合いな大きさのカメラを危なげなく両手で支えながら、くるりと反転して見せられた画面には数時間前に目撃したばかりの神々しい光景が収められていた。
「おまっ、なんでこの写真を……!」
「だって今日の私の仕事これだから。苑原先輩に学校への暇活動報告に使う写真の撮影を頼まれたの。礼拝堂借りる条件の一つなんだって。写真部はだから引き受けたというわけ、そして私が手を挙げた」
「、その写真……」
「欲しい? 欲しいよね? もう二度と拝めないかもしれない苑原先輩の貴重なシスター姿」
「ぐ……お前、卑怯だぞ」
「どうとでも。では、匠兄……『問題です。持ちつ持たれつ、この慣用句を英語では何と言う?』」
「give and take」
「正解。私が言いたいことは分かるよね?」
こんなに正解しても嬉しくないクイズは初めてだった。つまり写真が欲しいのならば写真を撮らせろということなのだろう。写真を撮られるくらいなら、とも思うがそれが誰かの手に渡るかと思うとおいそれと頷くわけにもいかない。それが着替えている場面ともなればなおさら。
「待て。そもそも千明さんが承諾してないのに勝手に写真を貰うわけにはいかない」
「苑原先輩なら了承済だよ? 写真を必要とする他校が居れば元から焼き増しはする予定だったし。というか麻ヶ丘クイ研にも匠兄たちの写真渡してるからそこは大丈夫だと思うけど」
「聞いてない!」
「さっき言ったよ。他に聞きたいことはもうないよね? さすがに私も実兄の下着姿を流出させるのは抵抗あるから、上半身脱いでるところだけ撮らせてくれたらいいよ」
お嬢様校に通い始めて身に付けた笑顔を浮かべながら、再びカメラを構えた妹に反論する気はもう起きなかった。
(2017.11.13.)