タイトル

文蔵高校 1年 越山識

 越山くんとは中学校の間、同じ図書委員の仕事をしていた。同学年ではあったが、同じクラスになったのは中学3年間で1度だけである。だから彼と一緒に図書委員としての仕事をした回数はあまり多くはない。それでも私の記憶に彼のことが残っているのは、委員の仕事がない日にも図書室に訪れるという共通点があったからだろう。私たちは毎日のように図書室を訪れていたから顔を合わせる機会はほとんど毎日あったし、親しくないクラスメイトよりはよっぽど話をしていたと思う。お互いに普段読まないジャンルにも手を出してみようと思っていたため、図書委員の仕事の陽には相手にお薦めしたい本を用意する、そんな約束がいつの間にか出来上がっていた。その日も、彼から手渡されたのは日本のとても有名な文豪の作品だった。

「越山くんは古典文学が好きなの?」
「好きっていうか、家に沢山あるから読む機会が単純に多いっていうか」
「うちにも親の本はあるけどあまり読む気にはならないかなぁ。海外の古典文学は比較的好きだけどね」
「え、そうなの? さん最近の本しか読んでないのかと」
「最近のメジャーなタイトルが好きなのは否定しないよ。でもチボー家とか怒りの葡萄、嵐が丘とかはおさえておかないとって思う」

親の本棚で見かけたタイトルと自分の記憶を照らし合わせながらつらつらと挙げていく。そういえばデミアンや白鯨、車輪の下なども読んでおきたいと思っていた気がする。思い返しながらついでに頭の中のメモにそれらも加える。いくつかのタイトルを挙げていくと、見るからに越山くんの私を見る目が変わった。

「意外?」
「少しね。さんは僕と違って友達も多いし、部活もバレー部だし……流行りのものしか読まないんだと思ってたから」
「越山くん。本は出版されたその瞬間から、あらゆる人に手にする権利がある知識の塊だよ。読者に貴賤なし。私が古典文学を読んでるのはいけないこと?」
「そんなことないよ! 同じ本を読んでる人が居るのは僕も嬉しい。一人で読むばっかりで、誰かと本の感想を話し合ったりする機会ってほとんどなかったから」
「じゃあこれも読み終ったら感想話そうね」

そう言って、今日彼がお薦めしてくれた『夜行巡査』を掲げてみせると、越山くんは嬉しそうに笑った。読みやすい最近の文学小説ばかり読んでいる私は、自分が読んだことがない難しい言葉遣いの本を読んでいる彼のことを素直に凄いと思っていた。加えてもう一つ、私が彼に一目置いている理由があった。

「そういえばさんにこの前薦めてもらった本、読み終ったよ」
「私としては最終的にバラバラだった話が全部繋がって集約していくところとか好きなんだけど、越山くんとしてはどうだった?」
「話の展開が最後まで分からないからこそ楽しめる作品だなって」
「そうなんだよね。何度も繰り返し読んで楽しむというよりも、一度切りの驚きに比重が置かれているところがあって」
「でも90ページの「昔の友人に頼みました。部長をバイクで拾ってきてくれるそうです。その子は運転がとても上手なので、一時間以内には着いてみせるって言ってました」って加藤えり子の台詞とかが僕としては特に面白かったかな」
「……ほんと、よくすらすらと出てくるよね」
「一度読んだ本のことなら知っていて当然じゃない?」
「越山くん、私だからいいけど、それ他の人の前で言うといじめられるからね」
「え、どうして!?」
「ページ数とか、台詞まで一言一句正確に覚えているのは普通じゃないからです。普通の人は大まかな話の流れしか覚えてません」

読んだことのある本の内容に対する記憶力、越山くんのそれは一つの才能だ。聞くところによると、彼は読んだことのある本は頭の中でページをめくるようにして好きに思い出すことができるらしい。目で見たものを写真のように記憶に残すことができる人が居ると聞くが、越山くんの記憶力も似たようなものなのかもしれない。本が手元にない時でも頭の中で本を読んで時間が潰せるから便利だよ。と彼は言うが、そんな便利なお助けアイテムとして片付けて良い才能ではないはずだ。

「越山くんはさ、将来何か凄いことをしでかしそうだよね」
「突然何を言い出すのさ。僕なんかに何ができるって言うの」
「んーそれは分からないけど。何となく、何かやってくれそうだなって越山くんを見てると思う」
「適当過ぎる……」
「勘だからね。でも、覚えておいてね越山くん。女の勘は当たるんだよ?」



 県内のそこそこの女子校へと進学をすることになった私は、卒業と同時に越山くんとはお別れとなった。図書委員でそれなりに仲良くはしていたが、私と越山くんの関係が友達であったかと聞かれると首を縦に振ることに少し抵抗がある。私と彼の時間は、あくまでも図書室でのあの時間だけだったからだ。越山くんはどうも図書室以外では私と話をすることを避けている節があり、同じクラスであった時も教室ではほとんど話をしてくれなかった。知り合った当初、聞けば教えて貰えるのではないかと思って携帯の連絡先交換を持ちかけたが、「ごめん。僕、携帯持ってないんだ」という言葉により敢えなく玉砕した。恐らく、私と彼の縁は中学までのものだったのだろう。だから中学を卒業をして、高校に入って新しい生活をスタートした私はしばらくの間、彼のことを思い出しもしなかった。だというのに、今こうして彼との思い出を反芻しているのには訳がある。

「越山くん、やっぱり君は凄いことをしでかす人だったね」

ネットで配信されている全日本U-18オープン「SQUARE」の関東大会。そこには見事正解をいて全国大会への出場権を手に入れた越山くんと同じ学校の女の子が写っていた。解答について自分なりの解説をする彼はとても生き生きとして自信に満ち溢れている。私は自分の勘が外れていなかったことに満足しつつ、忘れずに見なければと思い手帳の全国大会の日に花丸の印を付けた


(2017.10.05.)
作中引用:恩田陸(2004)『ドミノ』角川書店