苛めたい (Fate/EXTRA 緑茶)


目の前には、座らされた椅子に足を固定され、後ろ手に縛られて身動きの取れなくなった緑いのが居た。訂正、今は別に緑ではない。彼は呆れたように溜め息を一つ溢すと「で?」とこちらに問い掛けてきた。

「うん?」
「いや『うん?』じゃねぇだろ。何不思議そうな顔してんだよ、遂に普通の意志疎通すら取れなくなったんですかね、アンタは」
「うーん、惜しいなぁ……」
「何が」
「せっかくなんでそう呆れたような目線じゃなくて、こうもっと反抗的な感じで睨み上げて欲しいなぁと」
「……アンタほんと人の話聞けよ」

口許を引きつらせて苦々しげに吐き捨てた今の表情はわりとポイントが高かった。そうそう、それだよ。と私が嬉しそうにすると、彼はまたしてもやってられないとばかりに溜め息を溢す。

「溜め息ばっかり吐いてると幸せが逃げるらしいよ?」
「誰のせいだと」
「だって見てると苛めたくなるんだもん」
「頭おかしいんじゃないんですかね」
「その頭おかしい人にわざわざ付き合ってくれてる方も大概だと思うけど」

しっかりと縛っているのは確かだけれど、彼ならば抜け出せないということはないはずだ。けれどもそうしようとはせずに、この茶番に付き合ってくれている。本人は絶対認めないだろうけれど、優しいなぁと思う。甘いとも言うかもしれない。そんなことを考えているのが伝わってしまったのか、三度目ともなる大きな溜め息が聞こえてきた。

主≠ザビ (Fate/EXTRA 赤王)


初めて眼にした時、その姿をとても綺麗だと思った。言葉を並べ立てようと思えばいくらでも出てくるけれども、この想いを表すにはシンプルな言葉で良い気がした。だって理由なんて、それだけで十分なのだから。

「奏者よ、呆けた顔をしているぞ。何か考え事か?」

彼女との出会いを回想して物思いに耽っていた自分の前には、気付けば彼女の顔があった。俯いていた自分の顔を見るために下から覗き込んでいるその顔は当然かなり近い距離にあるわけで。近い近い近い。自分の内へと沈み込んでいた意識が浮上した直後に視界いっぱいを彼女で埋められるのは心臓に悪い。高速で脈打つ心臓には落ち着くように命令を送りつつ、背中を仰け反らせることで距離を取ってから彼女の顔を見つめ返す。そうでもしないと今すぐこの場から逃げ出してしまいそうだった。

「別に、大したことじゃないよ」
「むぅ、そう言われると気になるではないか。些細なことでも悩み事があるのならば、余にも話すがいい。奏者のことならば余は何でも知りたい」
「うん、ありがとう。でも、悩み事ではないかな……いや、これは悩み事なのか?」
「奏者自身に分からぬことが余に分かるわけがないだろう。どちらでも構わぬから、聞かせて欲しい」

真っ直ぐに向けられる瞳に込められた信頼が、その笑顔が眩しくて、思わず目を細める。まるで彼女は太陽のようだ。自分のような存在ではその側に居るだけで溶けて壊れてしまうのではないか、そんな風にさえ思えてしまう。こうして彼女の瞳に捉えられただけで鼓動がいつもより速くなることを思えば、あながちそれも間違いではないのかもしれない。けれども、彼女にならば焦がし尽くされても良いとさえ思えた。

女体化ネタ (Fate/EXTRA 緑茶)


その日の目覚めは少し違っていた。いつもより強く揺すぶられる肩と、聞き覚えのない高い声。

「起きてくださいよ、マスター! あぁ、もう起きろって!!」

正直なところ、身体は未だ休息を求めている。ただ、その声があまりにも必死だったから、再び落ちかける意識を繋ぎ止めてゆっくりと眼を開けたのだった。 眩しさに眼がしばしばする。幾度か瞬きを繰り返すことで周囲の状況を確認出来るようになると、漸く自分の前に居る人物に気付いた。恐らく先ほどの声の主なのだろう。

「やーっと起きましたか。こっちは一大事だってのに、よくもまぁ幸せそうな面で寝ててくれたもんですね」
「……だれ?」
「あぁはい、そうくると思ってましたよ。絶対に」

"彼女"はそう言って飽きれたように溜息を吐いた。 見知らぬ人物がマイルームに居るということよりも、この人は誰なのだろう、ということが頭の中で先行している。こちらを良く知っているような口ぶりの彼女にもしかしたら、という考えはないわけではない。しかし同時にまさかそんな馬鹿なとも思うのだ。

「オレですよ、オレ。どういうわけか起きたらこんな風になってたんです」
「……アーチャー?」
「そう。アンタのサーヴァントだよ、マスター」

彼女が嘘を言っているようには見えない。自分を『マスター』などと呼ぶのは一人しか居ないし、この部屋には彼と自分の二人しか居ないはずなのだから。そう、ならば答えは一つだろう。

「まだ夢見てるんだ……寝よう」
「残念ながら夢じゃないんで寝ないでくださいよっと。二度寝はすんなっていつもあれほど言ってるでしょうに」
「ほんとに、ほんとにアーチャーなの?」
「だからそう言ってるじゃないですか。そんなに信用出来ないかねぇ……」
「うん。だって可愛過ぎる、どこからどう見ても女の子」
「……人がどうしようかって悩んでるってのに、はっきり言ってくれますね」

ひくっと口元を引きつらせているも、今の姿ではそれも可愛いとしか思えない。 薄茶色の髪に緑の服。なるほど、確かにその姿は良く知っているアーチャーのものだ。起きたばかりの時は全くの別人に思えたが、こうしてみれば全く似ていないというわけでもない。アーチャーが女の子になればこんな感じ、というイメージにふさわしい姿だった。じろじろと見るのも悪いかなと思いつつも、やはり気になるものは気になる。頭から爪先まで見ている内に当然ある部分の変化にも気が付いた。

「ねぇアーチャー。それも本物?」
「女の身体になってんのに、本物も偽物もないでしょう。それともアンタのは本物じゃないんですか?」
「それもそうか。あの……触ってみてもいい?」
「ぶっ……いきなり何言い出してんですか!」
「だって男の人が女の身体になったわけでしょう? なんか不思議だから、ちょっと興味があるっていうか」
「いや、言いたいことは分かりますけどね? ……本気か?」

まじです。と眼で訴えてみる。男性ならば自分の胸を触られるということに対して女性よりも抵抗が少ないからなのだろう。身体が女性のものになったからと言って意識まで変化するわけではないということはこれまでの会話からも分かっていることだった。だからこそお願いをしてみたわけなのだが、アーチャーは暫く考えるような素振りを見せたものの案の定折れてくれた。

「それじゃあ、えっと、失礼します」
「……はぁ」

いざ、どうぞ。と言われてもどうしたら良いものか分からず、とりあえず一声掛けてから両手を伸ばす。そっと触れてみると思った以上に柔らかい感触が掌に伝わってきた。自分の胸なんてまじまじと触ったことがあるわけもなく、他人の胸なら尚更である。触る機会などなかっただろうし、あったとしても記憶がない今の状態では同じことだ。だから、他人の胸を触るという行為は未知の体験で何だか少しどきどきする。掌でただ押すだけではなく、その形を確かめるように指を這わせてる。大きくもなく小さくもなく、ほどよい大きさとでも言えば良いのだろうか。自分も決して小さい方ではないつもりだが、なんとなくアーチャーの方が大きいような気もして女子として何だが悔しい。そんなことを考えながらもその弾力を堪能していると、控えめにこちらを呼ぶ声が聞こえた。

「で……いつまでそうしてるつもりなんです?」
「気が済むまで、かな」
「いえ、ね……確かに良いと言ったのはオレなんですが、絵面的に見るに堪えかねるっつーか。それに、何というか変な感じがするんで、そろそろ止めて貰えません?」

そう言ったアーチャーの顔はどことなく赤くなっているように見えて、何だかこちらも変な気分になってきてしまう。わざわざ時計を確認するようなことでもないので、どれくらいこうしていたかは正確には分からないが、それでも体感的に短くはない時間が過ぎているように思う。アーチャーの言う通り、そろそろ止めるべきなのかもしれない。しかし何と言って手を離せば良いのだろうか。「ありがとう」と言うのは何かおかしい気がするが他に思い付かない。別に無言でも良いのかもしれないが、他人の胸を散々好きに触っておいて何も言わないというのもどうかなのかと感じてしまう。どうしたものかと覗うように見上げると、丁度こちらを見ていたらしい彼女としっかり眼が合ってしまった。思わず視線を逸らすと同時に手も離れたのだった。

それからは何だか気まずい沈黙だった。こんなことなら変なことを言い出さなければ良かったと思う。やわやわとした感触がまだ掌に残っていて、つい手を握ったり開いたりしてしまう。ともすれば妙な感情を抱いてしまいそうな思考をふるふると頭を振ることで端に追いやった。今考えるべきことはそんなことではなくて、どうしてこんなことになってしまったかという原因究明だ。気持ちを切り替えるために一つ深呼吸をしてから、アーチャーの方へと向き直る。

「こうなったことについて、アーチャーは何か心当たりある?」
「まぁ、それなりに検討はついてますよ」
「誰がやったか分かってるってこと?」
「『誰が』じゃなくて『何が』だ、マスター」

わざわざアーチャーが訂正を入れたということは、つまりそれが答えなのだろう。 マスターである我々のデータとは、SE.RA.PHにアクセスする際に自らの手で構築したものであり、その管理もまたマスター自身に委ねられている。相応の技術を要していればカスタマイズは可能であり、それはまた他者からのハッキングについても同様である。しかしながらサーヴァントは違う。彼らのデータはムーンセルによって保管されているのだ。ムーンセルに対する全てのハッキングか不可能なわけではない、外装などについてはある程度が聖杯戦争の範囲内として見逃されていると言える。だが、サーヴァントのデータは絶対不可侵、ハッキングを試みればその瞬間が最期となるだろう。故に干渉を行うにはムーンセルの許可が必要であり、だからこそ、あの姉妹の元へ赴き改竄を行って貰わなければならない。この空間においてその権利を有する存在は彼女らだけなのだ。その彼女らにしても、制限内での干渉しか許されてはいないだろう。無論、あの二人ならばムーンセルの制限など物ともしないであろうが、此処での目的がある以上、面倒事は避けるに違いない。ならば今この現状は誰が、何が生み出しているのか。最早問うまでもない。
「アーチャーはムーンセルが原因だって言いたいの?」
「それ以外にこんなことが可能なら、教えて欲しいくらいっすね」
「そうだね・・・・・・。ならこれはムーンセルが設けた事態ってことだよね。他の参加者にも同じようなことが起きてるのかな」
「ステータスに大きな変化があるわけでもねぇし、マスターが考えてるほど大事というわけでもないと思いますがね」
「どういうこと?」
「オレからしてみりゃ、こんなのただのバグと変わらねぇってことですよ。まぁアンタが気になるってんなら、探索に行くのを止めはしませんけど」

ただのバグ――――本当にそうなのだろうか? 未だに誰一人として全貌を知らないムーンセルオートマトンという規格外の存在。それにバグというのは、どうしようもなく不釣り合いだった。だからと言ってこの事態にどのような意図が介在しているか分かるわけもない。これもまた世界のあらゆる可能性を観測するという一貫に過ぎないのか。人知を超越した存在の目的など、ただの人には分からない。目的、意図、意志。そういった表現を使ってはいるものの、そもそも相手は人ではないのだから。

「その姿で一緒に来てくれるの?」
「まぁ・・・・・・それがマスターからのオーダーなら」
「そんな嫌そうな顔しなくても、探索には行かないよ。いくらステータスに変化は無いと言っても、他に何があるから分からないから。それにそれよりこうしてアーチャーとマイルームで過ごす時間の方が貴重だし」
「言ってることは凄く有り難いんですが、その手に持ってるのは何なんです?」
「見ての通りカメラ。女の子になるなんて一生に一度あるかないかの機会なんだから、ね?」
「一生に一度だってあってたまるかっつーの。撮りませんからね、写真なんて」
「せっかくだし制服とか着てみない? あ、体操服とかもあるよ」
「だからっ、アンタはオレを何だと思ってんだよ」
「とりあえず今は可愛い女の子としか思ってないかな」

尚も言い募ろうとするアーチャーの服の裾に無言で手を掛けると、痴女だなんだと随分と失礼なことを言われた。女の子相手となって多少気が大きくなっていることは認めるが、その言いようはあんまりだと思う。 結局嫌がるアーチャーに令呪をちらつかせることで制服を着せて写真を撮ることには成功したが、『脱ぎたての制服着れて嬉しい?』と聞いたら非常に気持ちの込もった言葉で心から蔑まれた。
問題を先送りしたところで良いことなど一つも無いと知りながら、それでも気付かないふりをしたのは、今この時間を壊したくなかったからで。恐らくもう理解っていたのだ。この戦いの果てにあるのは決して幸福な終わりではないということが。

キスの日 (Fate/EXTRA 緑茶)


襟元を掴んで引き寄せると、背伸びをしながら強引に唇を重ねた。 ただ重ねるだけの拙いキス。 それを1分近く続けた後、彼女は漸くその顔を離した。

「……なんで抵抗しないの」

唐突にキスをしておきながら、まず飛び出るのは不平だった。 それなりの時間キスをしていたのだから、したくなかったというわけではないのだろう。 けれども、彼女の顔はありありと『不満』だと言っている。 面倒くせぇなぁと思いながらも、立場上の問題は勿論として他の理由においてもアーチャーはそれを無視することは出来なかった。

「どうもこうも、拒否する理由が無いですし? 可愛い女の子にキスされて嫌な男は居ないでしょう」
「お世辞は要らないから。じゃあ、聞き方を変える。女に襲われて悔しくないわけ?」
「相手がアンタなら、それも別に。経緯はどうあれ、好きな女とキス出来る機会を逃すなんて勿体無い真似しませんよ。それにオレ、積極的なのは嫌いじゃないんで」

未だに至近距離にあった顔を覗き込みながらアーチャーが言うと、かっとその頬を染めて彼女は視線を逸らす。 これで彼女の不満も納まるかと思いきや、彼の襟元を掴む手は緩まない。 まだ何かあるというのだろうか。 視線を逸らしたまま言い辛そうにしていたが、覚悟を決めたのか再びきっとした視線をアーチャーに向けると彼女はそれを言い放った。

「そうじゃなくて、だから……私からされてばっかりって男としてどうなのよ!」

一瞬ぽかんとした後、思わず笑いそうになったがアーチャーは全力で堪えた。 耳まで真っ赤にしていることから、彼女がそれを言ったことでどれだけ恥ずかしい思いをしたのかは明らかだ。 それにも関わらず、下から睨み上げる視線は変わらない所にアーチャーはいじましさを覚える。 彼女が言いたいのは何てことはない。

「つまり、オレからして欲しいってわけ」
「偶にはそういうのも良いんじゃないかなって思っただけで、別にして欲しいとは言ってない」
「良いですよ。それじゃあ」
「っと、待って! だから今直ぐして欲しいなんて言ってない!!」

掴んでいた襟元を離して距離を取ろうとする彼女の手を掴んで引き止める。 当然彼女は腕を振って抵抗するが、アーチャーはそれを強引に押さえ付けた。 こんな機会を逃すわけがない。

「待てるかっての。言い出したのはアンタなんだから、きっちり責任取ってくれよ?」
「知らな、っ、ん」

抗議する間もなく口を塞いだそれは彼女が仕掛けたものよりもずっと深くて、窒息死でもしてしまいそうだった。 酸素を求めて開く唇を執拗に吸い上げられた彼女の身体からは徐々に力抜けていく。 漸く解放された頃にはアーチャーの服にしがみついて酸素を取り込むことに必死で、その腕から抜け出そうという考えが割り込む余地など彼女には残されていなかった。

「ご希望とあればオレはいつでも応えますよ? ま、当分はアンタの積極性に期待させて貰うけどな」
「うっさい……」

(Twitterのキスの日企画を加筆修正 2012.05.28)

露出狂 (Fate/EXTRA CCC 無銘)


室内には無言で佇む二人の男女とそれを見守る一人の少女。 二人の間には近寄るなというオーラが発せられているので、少女は離れた所からその様子を見ている。 かれこれ5分近くに渡る沈黙を破って言葉を発したのは、男の方だった。

「……それで、今回は何が不満なのかね?」
「どうして私が不満に思っているって決め付けるの」
「君がそのような顔をするのは大概私に何か物申したいと思っている時だ。それくらいのことは経験で分かるさ」
「あらそう。それならその経験というもので私が今何を考えているかも当ててくれないかしら?」

アーチャーはなるべく彼女の感情を逆撫でしないように言葉を選んだのだが、対する彼女はどうにも雰囲気を和らげるつもりは無いらしい。 先程から一度も視線を合わせようとしないのがその証拠だろう。

「君が考えていることまで私に分かるはずが無いだろう」
「まさか、言わないと分からない?」
「生憎と君のように鋭い感覚は持ち合わせていないのでね」

その返答に盛大に溜息を吐くと彼女はきっと彼を睨み付ける。 漸く正面から向き合う形になったのだが、いつもならば揺らぐこと無く真っ直ぐに向けられる彼女の眼はどうにも泳いでいた。 視線を逸らしたい葛藤と必死に戦っている、といった様相である。 そのことに僅かに疑問を感じながらもアーチャーは彼女の言葉を待った。

「じゃあ言ってあげる。その服! おかしいと思わないの?」
「何か問題が?」
「問題なんてありまくりよ! 誰が見たっておかしいわ、何だって中に何も着てないの!」

そう言って彼女が指差したアーチャーは、確かにレザーパンツにジャケットを羽織っただけの姿をしていた。 普通ならばそのジャケットの下にインナーを着て然るべきなのだろうが、彼の鍛え抜かれた筋肉は惜しげもなく晒されている。 彼女が文句を言いたくなるのも当然だった。

「ふむ、私は気に入っているんだが」
「貴方の感性が信用出来ないことは実証済みだから。あの4日間だってあれで街を出歩いていて通報されなかったのが不思議なくらいよ。普通の私服姿を導入した中の人は英断だったと言わざるを得ないわね」
「つまり、この服装が気に入らないと?」
「そういうこと。それじゃ露出狂扱いされても仕方無いもの、素肌に真っ赤な皮ジャンって何処のロックスター気取りよ」
「私に言われも困る。それこそ君が言う『中の人』とやらに言うべきだろう」
「ふーん、アーチャー自身はそれを辞めるつもりは無いってことね。分かった、それなら直談判してくる」

会話もそこそこに切り上げると、彼女は呼び止める暇もなく部屋から出て行ってしまった。 本当に『中の人』とやらの所に行ったのかは分からないが、少なくとも彼女が自分から此処に戻って来ることは無いだろう。 ややこしいことになったなとアーチャーが溜息を吐くと、それまで傍観を決め込んでいた少女がくすくすと笑い出した。

「何がおかしいのかね、マスター」
「いや、彼女は案外不器用なんだと思ってね。アーチャーが鈍いというのもあるが、それにしても……ふふっ」
「私にも分かるように話してくれないか?」
「自分で考えることを放棄するのかい? 思考停止に安住するのは良くないと思うよ」
「考えても分からないから聞いているんだ」

その声が微かに苛立ちは帯びているのは恐らく少女に対するものではなく、気付くことの出来ない彼自身に向けられたものなのだろう。 彼女のことが大切だからこそ、分からない自分に苛立ちもするのだろう。 それならば、敢えて隠し立てするのは双方に取って良くない結果を生むことになる。 しかし、それはあくまで少女にとって建前に過ぎなかった。 本当のところは、これを告げることで常に格好付けてばかり居るこのサーヴァントがどんな反応を見せるのか知りたかっただけだ。

「他言無用とは言われてないから、そこまで言うなら話してあげる。その前にアーチャー。今日、彼女と一度でも視線が合った?」
「いや、合っていないな。先程こちらを見た時も妙に視線を逸らされていた」
「うん、それが分かっているなら話は早い。彼女はね、『あんなに肌を露出したアーチャーなんて恥ずかしくて直視出来ない』んだって」

私よりもずっと年上なのに、可愛らしい人だね。
以前と違い複雑に積み上げられた椅子の上で寛いでいたわけではないので、幸いなことに落下は免れたがその衝撃は前回の比では無かったらしい。 その大きな手で顔を覆っているが、赤くなっているのは隠し切れていない。 少女がにやにやと口元を歪めてその様子を見ていることに気付くと、アーチャーは霊体化をしてその場から掻き消えてしまった。 恐らくこの部屋にはもう居ないのだろう、彼女を追い掛けて行ったに違いない。 もう少し見ていたかった気もするが、それは贅沢というものか。 それに結末は後で彼女から聞かせて貰えば良いのだから。

「当分はこのネタでアーチャーをからかえそうだな」

一人残された部屋で少女はそれは楽しそうに呟いた。

(2011.12.8)